4 神の街
――キテラは一瞬それがなにかわからなかった。黒い軍服を着た集団。手に槍や剣を持っている。山中だと言うのに一糸乱れぬ行進で突き進んでくる。完璧な統制を誇る、よく訓練された部隊だった。
「あのあなたがたは? 神様になにか用ですか?」
「ああ、あなたがたがそうなのですね。我々がきたからにはもう大丈夫です。あなたがたは悪魔に洗脳されているんです。我々の優れた解術師が、あなたの洗脳を解いてくれます」
キテラには男の言っていることが少しもわからなかった。キテラは元々大丈夫だ。洗脳なんてされていない。なので解術師など必要ない。
悪魔とは誰のことだ? 自分たちのことではないだろう。じゃあ、神様……?
ディアルラが姿を見せる。
「こちらの敵対の意図はありません。対話を」
「いたぞ、悪魔だ! 殺せ」
先頭の兵士が叫んだ。武器を持ってディアルラを取り囲む。
「私に敵意はありません。どうか話を聞いてください」
ディアルラは人間を信じていた。
粘り強く交渉すれば無茶なことはしない。
彼らはそれほど残酷ではない、と。
話せば必ずわかってくれる、と。
「隊長、住民が抵抗しているようですが」
「洗脳のせいだろう。多少強引でも構わん。連れていけ」
キテラの妻が、家から引きずりだされている。子供達も泣きながら、兵士に無理矢理手を引かれている。ディアルラは感情を押さえる。だがキテラにはそれができなかった。キテラは頭の奥が熱くなるのを感じた。
「離せ!」
叫び、強引に妻を連れ出そうとしている兵士に掴みかかった。驚いた兵士が武器を持ったまま振り返る。腹に衝撃が走った。それからじわりと痛みがこみ上げてくる。目が霞む。
「ああ、殺っちまった」
兵士がため息を吐く。
妻の絶叫が聞こえる。
ディアルラは愕然として膝を折った。体に力が入らない。それは彼女の外見をあわせて、まるで年頃の少女が失恋でもしたように見えた。美しいのがかえって奇妙だった。
キテラは大丈夫と言おうとした。なぜかその言葉が浮かんだ。けれど代わりに喉の奥から出てきたのは血泡で、言葉にはならない。
「これが……」
ディアルラが力なく呟く。
「これが人間だと言うの……?」
集落のみんなが無理矢理連れ出されていく。田畑は踏み荒らされ、抵抗したものは血を流している。キテラの妻が半狂乱になって何かを叫んでいる。
ディアルラの小さな楽園が、音を立てて崩れていった。そして兵士達はディアルラに槍を向ける。
「元凶の悪魔だ。殺せ!」
兵士が叫ぶ。
ディアルラは初めて誰かに対してこう思った。
お ま え を こ ろ し た い。
ディアルラの纏っていた白い光が強くなる。強い否定の心が伝染する。兵士の精神に何かが入り込んできた。死ね。死ね! 死ね! 死ね! お前は咎人だ。罪を償え。償え。死んで償え。
「おい、死にたい。な、う、あ。死にたいこ、これ、なんの冗談だ……?」
兵士の槍が自分の喉に向いた。兵士には見えている。髑髏の死神が、自分の手を抱えて喉に向けている。槍から手を離そうとしても離れない。にこりと笑った。「やめ死にたい」声すら思い通りにはならない。
兵士たちは自分の槍で喉を引き裂いた。次々と別の兵士たちも同じようにしている。
心の魔法。
それが悪魔ディアルラの魔法だ。人間を構成している精神を揺さぶり、意識を真っ暗な闇の中に引き込んでしまう。「死にたい」「死にたい」あちこちで呟きが漏れる。
あとには無数の死体と、子供達と半狂乱の女が残る。
ディアルラは呆然としながら立ち上がった。ほとんど無意識に無事だった子供たちに手を伸ばす。
「ひっ……」
怯えが、ディアルラを支えていた最後の糸を切った。「死にたい」どこからか聞こえてくる。どこからだろう? ディアルラは視線を向ける。兵士たちはみんな死んだのに、どうして? 誰の声?
「死にたい」
それは子供達の、そして大人たちの喉からだった。殺意が暴走している。魔法が制御できない。「やめて、違うの! その子たちは……」死んでいる兵士達の手から剣や槍を取る。その目はうつろで感情がない。
「いやああああっ」




