4 神の街
いつのまにか、高台のところまできていた。集落が眼下に見える。田畑と家、それからルピーと遊んでいる子供達。
「どうして人は争うのでしょうか」
「同族同士の争いってのはどの動物にも少なからずあるよ。猿だったらボスを決めるために戦う。負けたものは爪弾きだ。メスを取り合ってオス同士が喧嘩するなんて、動物の世界では珍しいことじゃないでしょ?」
「ですが彼らは殺しません」
「それは人間が道具を使うからだ。道具を使うようになったのは、他の動物と比べて人間の最も進化した部分だ。それを否定するのはどうなのかな。身内同士で殺しあいをしているっていっても、結局絶対数を増やしているわけだし。生きる目的として、種を繁栄させるって点だと最も成功してるんじゃない?」
「他の動物を駆逐して。ですか」
ヨフは頷いた。
「すごく傲慢なことを言ってしまうけど、結局僕らが強いのが悪いんじゃなくて、他の動物が弱いのが悪いんじゃないかな。彼らは僕たちとの生存競争に勝てなかった。そういう意味では僕はベルリアを肯定している」
「より強い力には支配される以外に道はないと?」
「そうだね」
「どうやら私とあなたは相容れないらしいですね」
ディアルラは少し不愉快そうに言う。
それは人間に対してあまりに脆弱な精神性だった。
「みたいだ。ただあなたは僕より強い。でもあなたは僕を力で屈服させてしまおうとは思わない。それはすごくいいことだよね」
「力の行使は好きではありません。私はなによりも争いを嫌います」
「覚えておいて。人はその善性につけこむんだ。外堀を埋めて、覆って、囲んで、気付いたときには手遅れになってるんだ。あなたの楽園は必ず崩壊する。それも誰かの善意によって」
「……肝に銘じておきましょう」
ディアルラは眼下の集落を見下ろす。
彼女の小さな楽園では子供たちが楽しそうに微笑んでいる。
彼女と一緒に集落のほうへ降りた。
「てめえ、なにあたしの刀引きずってんだ?!」
跳んで来たルピーに顎を蹴られた。
「あ、やったな。僕怒ったよ!」
「キレてるのはこっちだ! 預かったなら責任もちやがれ!」
「そんなに大事なら預けなかったらいいじゃん!」
単純な身体能力ではルピーのほうが数段高い。
なので喧嘩をするなら必然的に、ヨフは魔法を使うことになる。
「に、賑やかな、方達なのですね」
さっきまでと印象が違ったのか、ディアルラが微妙な表情になる。
「あ、神様」
集落のみんなが酔った目で彼女を見る。
いつのまにか大人も混じっていた。
「この方が子供らと遊んでくださっていたんです。ルピルルーレさんとおっしゃるそうです」
二十をすぎたくらいの女が言う。キテラと同様背が低かった。たぶん蛋白質が足りずに成長したので伸びきらなかったのだ。
ディアルラは少し離れたまま、血のように赤い髪をした女を見ていた。視線に気付いたルピーがヨフから刀をひったくって、横薙に振るおうとした。ヨフがルピーの手を掴んで止める。
「こちらに敵意はありません。どうか刃を収めてください」
ディアルラが言う。数秒、ルピーはそのままの姿勢で固まっていた。が、力を抜いて肩を落とした。
目線は鋭いままで、控えめな殺意はまだディアルラに届いている。
「ありがとう」
それでも彼女は笑みで答えた。
「子供の前で血みせるほどぶっ飛んでねーよ」
ルピーがぶっきらぼうに言う。
「しかしなんつーか……、あんたみたいなのもいたんだな」
毒気を抜かれたように頭を掻いた。
悪魔の中にも。とはルピーは言わなかった。住民が神様と呼んでいるものを、悪魔扱いすることに気が引けたのだ。
「それじゃ、僕らは行こうか」
「……だな」
ここは自分たちが長居していい場所ではない。
なんとなくそう思った。
「どうかお元気で。あなたがたに父と母と子の祝福のあらんことを」
ディアルラが両手を組んで祈る。彼女がまとっていた白い光が薄く二人に移る。ほんの少しだが暖かい感じがする。ルピーは腹の傷が痛まなくなっていることに気づく。
「よければまたきてください。いろいろと話したいことがあります」
「わかった。僕も“神様”と話す機会なんて滅多にないから、また話したいよ」
年相応の無邪気な笑みで答え、ヨフは彼女らに背を向けた。
人目がなくなったくらいで、ルピーが小鳥の姿に戻る。「時間切れだ」ヨフが呟く。
「悪魔にもあんなのがいるんだな」
ルピーが意外そうな顔で言った。
「君って彼女たちのことをなんだと思ってたのさ」
「化け物」
「怒るよ?」




