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4 神の街




 街道の途中で、ヨフはふと馬の足を止めた。

「ん? どーしたんだ」

 ヨフの真上を飛んでいたルピーが降りてくる。どうやら現状を受け入れて小鳥ライフを楽しむことにしたみたいだ。

「人間の匂いがする」

「人間の匂い? まだ次の街は遠いんだろ。盗賊あたりじゃねーの?」

「違うと思う。鉄とか煤の匂いはしないから。たぶん新しくできた街じゃないかな。あっちだ」

 ヨフは街道とはまったく別のほうを指差す。そこは獣道だった。完全に森の中だ。ルピーはげんなりする。ヨフは近くの気に馬を括る。木立が邪魔で馬では入れないからだ。

「やめとけよ。あったとしてもまともな街じゃねーぞ」

「ルピー、僕の旅には目的がないんだ。強いていうなら旅をするのが好きだから、旅しているんだよ」

「つまり?」

「まともじゃない街なんておもしろそうじゃないか!」

 好奇心いっぱいのヨフの顔つき。

 ルピーには理解できなかった。

 強い魔道士だから、そういう生き方ができるという側面はあるのだろう。人間はあっさり死ぬ。いまの剣の街で最も強かったルピーでさえ、銃で腹を撃たれれば死んだ。ヨフのように「死ににくい」というのは大きなメリットだ。

それでもきっと死ぬときは死ぬ。

(こいつ、いつかきっと痛い目みるよな。……あれ? そのときあたしはいったいどうなるんだ?)

 この獣の魔法は解けるのか? 解けたとして人間に戻るのか? それとも死体に戻るのか? 一生このままなのか。

 考えるのが嫌になってきた。ルピーは頭を抱えた。なんにせよヨフは当分死なない。しばらくのあいだ使い魔扱いされることには変わりはない。

 そんなルピーをよそに、ヨフはどんどん獣道に入っていく。ルピーにはヨフの言う「人間の匂い」がわからない。だからたぶんこれも獣の魔法だ。きっと鼻を犬か何かの作りに変えて、匂いに対して特別敏感になっているのだ。

「本気かよ……」

 ルピーは小さく翼を動かしてヨフのあとをついていく。

 ずっと歩いて行くと切り株があった。それからもう少し後ろのほうには畑のようなものがある。穀物が植えられている。案山子が立っていた。あきらかに人が住んでいる証だ。それもたぶん十年や二十年ではない。もっと長く、昔から住んでいるように見える。民家が見えてきた。木を組んで作られたものだ。子供が走り回っている。

 三軒ほどの小さな民家と草を刈られた広場がある。

「わお」

 ヨフは驚いた。外に住んでいるというのは悪魔の驚異にさらされる危険に満ちている。壁のない街というのは最近ではありえない。

「なんだろう。ここは」

 ルピーも驚いている。

 子供たちがやってくる。五つか六つほどの子が多い。ヨフを見て興味津々な目つきになる。

「外の人?!」

「えっと……」

「ねえ外の人でしょ! 遊んで! ねえ、遊んで!」

「……ルピー、任せた」

 小鳥の体が膨張する。赤髪の人間の形になる。黒い軍服に身の丈の二倍はある刀。腰には脇差。

 なるほどこういうふうにして元に戻るのか。奇妙な感覚だった。ルピーは手足を伸ばし、自分の体が動くことを確認する。腹の穴は消えていた。が、鈍い痛みが残っている。まだ全力では動けそうにない。

 突然現れたように見える彼女に、子供たちが目を丸くする。

「あー、えーっと……、ヨフ。刀頼む。あぶねーから」

「え、こんな長いもの渡されても困るんだけど」

「どっちかだろ。諦めろ」

 子供たちは「赤毛だ。赤毛だー」っとはしゃいでいる。ルピーはニッと笑うと「遊ぶか!」と言った。

 ヨフにとっては相当意外だった。

 正直、引き離してくれたのは相当助かった。ヨフは子供が苦手だ。遠慮がないからだ。踏み込んで欲しくない境界線を、幼いという理由で軽々と踏み込んでくる。

「あの……」

 振り向くと、大人がいた。といっても二十を少しすぎたくらいの程度だ。まだ青年と言って差し支えない。背が低い。百六十センチくらいだろうか。ヨフよりは高いが、そう変わらない。

「あなたがたは……?」

「旅人だけど、少しここのことを聞いていいかい?」

 青年が頷く。

「壁がないんだね。ここには?」

「壁? ああ、外の街にはあるという大きな囲いのことですか」

 どこか引っかかる物言いだった。

「街を見たことがないのかい?」

「はい。俺はここで生まれて、ここで育ちました」

 ということはやはり二十年以上この集落は、ここにあるということになる。

 ずっと悪魔に襲われずに……?

「えっと、あなたを呼んでる人がいるので、一緒にきてもらっていいですか?」

「ん、わかった」

 青年のあとについていきながら、ルピーのほうへ視線をやる。楽しそうな笑顔で子供の後ろを追いかけていた。

「……」

 本当は面倒見のいい人なのかもしれない。ヨフは戦士としてのルピーしか知らない。また戦士としてのルピーの腕が欲しくて使い魔にした。命を助けるのは二の次で、ルピーの都合なんか正直どうでもよかった。

「……なに見てんだよ?」

 不愉快そうにルピーが言う。

「なんでもないよ」

 ヨフは表情を隠すために笑みを浮かべる。

 ルピーは子供に手を引かれて、すぐにまた遊びの輪に戻っていく。

「あの……?」

「ああ、ごめんよ。行こうか」

 ヨフは青年に連れられて、民家を通り過ぎ、村の奥へと入っていく。



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