4 神の街
4 神の街
――油断した。山菜を取る途中、足を滑らせたのが運のつきだった。おかしな落ち方をして、膝がねじれている。大腿骨が折れている。少しでも動こうとすると、激痛が走る。
一緒に落ちた妻は、頭でも打ったのか、気を落としている。その胸が上下に規則正しく動いていることだけが、彼を安堵させる。男は猟師だった。街で行われる大きな宴に花を添えたい。そう以来されて、安請負したのが大きな間違いだった。罠と弓と短い槍を手に壁に出たのはいいものの、日がくれても獲物は見つからなかった。
妻がもう帰ろうと言った。だが聞き入れなかった。単に意地を張りたかったからだ。自分の幼稚さに吐き気がする。自分はもう二度と歩けないだろうと思う。
夜が深まっていく。
誰かが自分を探しにこないだろうか? 猟師は思ったが、こう暗くては見つけてもらえないだろう。探索が行われるのはきっと朝になってからだ。そもそも彼の街では一晩や二晩程度、家を開けるのは決して珍しいことではない。真っ暗な恐怖が彼を包んだ。死にたくない……。妻が目を覚ませば、助けを呼んでもらえるかもしれない。楽観的な観測だった。なぜなら、妻も足をケガしている。木立が刺さってふくらはぎから血が流れていた。
「誰かいないか?!」
男は声をあげようとしたが、激痛に阻まれてそれもままならなかった。
気温が下がってくる。川が近いこともあり、夜の寒さが深まっていく。家を出たときはそう遅くならないつもりだったので、防寒具を持ち合わせてはいなかった。土の底から冷気の手が彼を掴んでいるようだった。
神でも精霊でも悪魔でも、このさいなんでもいい! とにかく俺を助けてくれ!
猟師は絶叫した。
ただしやはり声はでなかった。
発狂しそうな暗闇の中で、男は足音を聴く。妻はまだ彼の近くで横たわっている。街の人間だろうか? 彼はそんなはずがないと思う。こんな闇の中でまともな人間が、灯りを持たずに動いているはずがないからだ。では獣の足音? 歯の根が噛み合わない。狼? だとすれば……、自分たちはこれから食われるのだろうか。
「……」
闇の中から浮かび上がったのは、狼でも人間でもなかった。悪魔だ。彼は思った。髪の毛の先から足の先まで、真っ白な悪魔だった。虹彩のない瞳がひどく不気味に見える。血色のない肌をしている。純白のドレスと胸部の控えめな膨らみから察するに雌型の悪魔だ。
「ニンゲンですね」
真っ白な悪魔は倒れている彼と視線をあわせる。
「こんばんは」
男の背筋を恐怖が貫く。
悪魔というのは人食いだとか、人を嬲って殺して遊ぶものだと聞いている。狼に食われるよりさらに悲惨な末路を遂げるのではないか。
しかし男の想像通りにはならなかった。
彼女は傷口に手を当てた。男の内側から穏やかな暖かさが湧き上がってくる。押しのけられたように、足の痛みが引いていく。
「私の言う規律を守るのであれば、私はあなたの命を保証する。どうしますか?」
男は一も二もなく首をガクガクと縦に振った。この状態から自分を助けてくれるのであれば、もう誰でもよかった。
夜の闇が白く包まれた。
白が終わり、闇が戻ってきたとき、男と彼の妻と白い悪魔はその場からいなくなっていた。




