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Beast Roar -黒い雨-  作者: sorapon
1章
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1 . 4月17日

 蛍光灯の光で満ちた室内、ほんのり汗のニオイとバネの軋む音が響く。間隔を開けて様々な器具が置かれたトレーニングルーム、そこは時間もあってか閑散としている。

 硬く思いバーベルを持ち上げながら、要は一人ぼんやりと思考にふける。


 今日の朝、目が覚めた時から何かがおかしかった。記憶の混濁、今日の日付と記憶にある昨日の日付の一致。飛び出すように家から出たのはもう何時間も前のことだ。


 ため息を吐きながら、トレーニングを再開する。

 要がなによりもおかしい、そう感じたのは記憶の相違もそうだが、右手の痛みもだ。

 (夢だったら夢だったでいい、気にはなるけど妄想だったの一言で済む)


 バーベルを戻して起き上がり、タオルで顔を覆う。

 その頭に、冷たいものが押し当てられる。


 「ちょっとくらい休憩しろよ」

 「真哉……」


 タオルを首にかけて、差し出されたドリンクを受け取る。ストローを吸うと微かな柑橘系の風味が入った独特の味が染みこんでいく。

 タンクトップ姿の真哉はベンチに腰を下ろすと、ハンドグリップを取り出す。


 「それで? 昼前からずっと無心でトレーニングなんて……まあお前だと珍しくもないかもしれんが、何か合ったのか?」

 「いや、別に……」

 「その割には元気がないのが気になるがなぁ」

 「それじゃさ、真哉は昨日の昼飯誰と食べた?」

 「昼食か? 学校が始まったし弁当だったはずだから、お前と満里みさと、後は遙ちゃんと優だな」

 「そうだよなぁ……」


 要の記憶の中では、一昨日のことだ。正確には確かに昨日なのだろうが、何故か違うような気がしてしまう。


 「まぁなんだ、夢のことか何かはわからんがな、気にしすぎると毒だぞ?」

 「……そうだよな、そのとおりだよ」


 一気にドリンクを飲み干す。空いたカップをゴミ箱の放り投げ、それが縁に当たり中に収まったと同時、スピーカーから声が流れる。


 『あー、あー、要くんー、犹守ぃ要くんー。いらっしゃいましたら至急応接室までぇお越し下さい~。繰り返しまぁす――』


 数少ないトレーニング中の男達が、同情の眼差しを要に向ける。ため息を吐きながら、二人は立ち上がる。


 「って、真哉は呼ばれてないだろ」

 「スズミだろ今の、俺も用事があるし待ちぶせしておかないとなぁ。俺はシャワーをちゃんと浴びる派だから」

 「ああ、そう」


 先に出ていく真哉を見送りながら、要も置いていた財布と端末を手にとって扉に向かう。自動扉をくぐるその背中に「がんばれよ~」「要君も大変だなぁ」などの声が飛んでくる。

 二度目のため息。


 「……どんな送り出され方だよ」


  *  *  *


 人工島の隣の海上に建設された国際空港、それが開港してから新門市は様々な人種の行き交う街になった。とある人はこの国の先端技術を見るため、とある人は美しい自然を見るため、とある隣国からは滅んだ自国を復興させると息巻いて、そしてとある人はサブカルチャーを堪能するためにやってきたのだ。

 故に、事件も増える。多くの人が集まるということはそれだけ危険人物も現れるということ。当初は今の数十分の一、田舎の署程度しか配備されていなかった警察ではそれに対応できなかった。そこで当時、いやその遥か昔から権力を持ち始めていた企業はそれに対抗するために組織を作った。それが《警護団》だ。正確には前に社名は入るが、2つの大企業がそれぞれ組織しているために、混同を避けるためか警護団とだけ呼ばれるようになった。


 「おお、よく来たな要君。また逞しくなったじゃないかい」


 そして今要の目の前にいる老人が、大企業《十羽》の本社に並ぶ程の規模の新門支社の代表であり、初めて警護団を組織した人間――犹守鎮いずもりまもるだ。彼の傍らには黒人の秘書が真面目そうな顔で控えている。


 「お久しぶりです、鎮さん」

 「そんなに畏まらなくてもいいんだがねえ。とりあえずその辺に座ってくれていいよ」


 温和そうな顔の老人だが、どこか威圧的ともいえる威厳を皺の入ったその身体から発している。しかし声色は孫に接するかのようなものだ。

 要は少し萎縮しながらも、異様なほど沈み込むソファに腰を下ろす。


 「そういえば、スズミが放送をしていましたけれど」

 「ああ、彼なら君の足元にいるよ」

 「へっ!?」


 その言葉を待っていたかのように、木製の机の下から這い出てくる金髪に革ジャンを着た男。立ち上がるとガラの悪いサングラスをかけ直しながらヘラヘラと笑う。


 「いやぁ~一昨日ぶりだなぁ要、寂しくて死ぬかと思ったぜ~?」

 「な、なんつーとこに入ってるんだよスズミ!」

 「意外性を大事にしないと楽しくないじゃないか」

 「はっはっは、いやあいつもながら驚かされるものだねえ」


 何度目なのかわからないため息をついて、顔を上げる。


 「それで、スズミが言ってた用は何なのさ」

 「ああそれはなぁ、帰ったらお楽しみが待ってるぜってだけのことだ」

 「お楽しみ?」


 考えを巡らせるが、何かの記念日だった覚えも誰かが入退院した覚えもない。


 「まぁそれはジーさんの話を聞いてから詳しく、な」

 「そうかね、では年寄りの長話をしないよう気をつけないとね」


 そう言って、要の向かいに座り、秘書に手で合図を送る。


 「二週間程だったかね、アルバイトの名目で警護団の手伝いをしてもらい出してから」

 「そうですね、今年度に入ってからです――前からトレーニングルームなんかは使わせてもらってましたけど」

 「そうだねえ、あの時から大人の真似をしてかいつも――――ああ、長話はしないと言っていたんだったね」


 わざとらしい咳払い。


 「そろそろ事件解決なんかもしてもらおうか、なんて思ってね。君ならば多少の危険は問題ないと判断しているんだが、どうだい?」

 「やらせてください」

 「そう言ってくれると思ったよ」


 もう一度秘書に合図を送る。彼女から老人へ手渡されたのは一冊のファイルだ。


 「今巷を騒がせている事件、知っているかね」


 少し背筋に寒さを感じながら答える。


 「殺人事件ですよね、それも別人と思われてるモノが3件」

 「その通りだ。そしてその内の1件の犯人の目星を、私達はつけた」


 老人はファイルを机の上に置いて、要の方へと滑らせる。


 「君にはこの人物を確保してもらいたい、警察のほうへは話をつけてあるし、パートナーもつけようじゃないか」

 「パートナー……ベテランの方ですか?」

 「いや君と同じ素人なのだがね、この話はそのうちわかるだろうから置いておこう」


 今度は要ではなく、老人がため息を吐く。


 「失礼、この件は本当は山本君達にやってもらおうと思ってたんだがね。君に任せるのがいいんじゃあないかと進言があってね」

 「おやっさん達……じゃなくて、山本さん達のやるはずだったことをやらせてもらって、本当にいいんですか?」

 「もちろんだとも、少なくとも私は君を信じている。やり遂げてくれるとね」


 微笑まれ、要も少し背筋を伸ばす。


 「今日はここまでにしようか、ファイルには後ででも目を通してくれ。後はスズミから聞くといい」

 「はい、ありがとうございました。失礼します」


 頭を下げ、両開きの合成な扉から出ていく。いつの間に出たのかそこにはスズミが壁に寄りかかって立っていた。


 「終わったのか?」

 「うん。待っててくれたのか?」

 「いやあ真哉に捕まっちまってなぁ、本当はさっき言ってたお楽しみの準備をしようかと思ってたんだがな」

 「そういえば話があるとか言ってたけど」

 「あーあーお前にはまだ関係ねーからさ、今日は寄り道せずに帰っとけよ」


 スズミは背を向けて歩いて行く。追いかけるようにエレベーターに向かい、逃げられる前に乗り込む。


 「スズミが言ってるお楽しみってさ」

 「そう、新しい入居者だ。さすがに誰かまでは言わねーぞ」

 「それを言われちゃったら面白くないじゃないか」


 50個以上並ぶボタンから1階のボタンを押して、表示の移り変わりを眺める。


 「でも今日は満里が病院に――」

 「エルから連絡があって帰ってるんだとよ、遙もいるし全員揃うさ」


 表示が1に変わり、扉が開く。広いロビーではちょうど、外に食べに出ていた社員達が戻ってきている。


 「とにかく今日はさっさと帰って待ってな」

 「ああ、楽しみにしてる」


 カツカツと音を鳴らして、スズミは別棟への渡り廊下に向かう。その背を見送りながら、要も外へと歩き出した。

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