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世界の理

「この世界には12人のヘツリが居ます。そして、世界は6つに分かれている。四角い世界のそれぞれの端っこを、ヘツリが守っているのです。この世界は6つの世界のうちの1つに過ぎません。そして、この村に隣接するヘツリはこの世界を囲む4つのヘツリのうちの1つ。わたしはそのヘツリの使者です」

 突然の説明に、頭が追いついていけなかったのはトールだけではなかったらしい。

 隣で頭を抱えるタギィに、ベッドの上で首を傾げるルーシャ。ベッドの脇で黙って聞いていた義兄が、近くの引き出しからおもむろに羊皮紙とペンを取り出した。

「つまり、こういうこと?」

 義兄は紙に立方体を描いた。立方体の6つの面が世界で、それぞれの辺に「ヘツリ」と書き足す。

「そうです。実際の世界はもっといびつですが、だいたい合っています」

 なんとなく分かった。しかしそれでもなお、トールの定着できない理由を説明するのに、世界の仕組みから話さなければならないのか、まだ分からない。

 不可解だと顔に書いてあったのだろう。ヘツリの使者は続けた。

「定着がどういうものなのかを分かってもらうには、なぜ世界がこうなっているのかを理解してもらわなければいけません」

 強い口調ではなかったが、有無を言わさぬ迫力があっった。

「世界が丸かったという昔の記録は残っているが……まさか、四角いとは……」

 学者の父を持つ義兄は、困惑を隠せず口にする。

「それも間違いではありません。はるか昔は丸かった。ヘツリもなく、世界は一つでした。しかし、大きすぎる世界では、あまりにも争いが多かった。ですからヘツリは世界を分断したのです」

 ヘツリの使者の口調は乾いたものだった。彼の言う昔がどれほど昔のことなのか、誰にも想像がつかない。だから、黙って聞いているしかなかった。

「12人のヘツリが自ら世界を分かつ崖となりました。しかし世界を分断した影響で、人は大地との結びつきが弱くなってしまった。そこでヘツリは定着という方法を編み出しました。動くことのできないヘツリに代わって私たち使者を作り、生まれたばかりの子のもとへと送り出すことにしたのです」

 それが今の定着の儀なのだと、使者は説明を付け加える。

「先に申し上げておかなければいけないのは、ここから先お話することは事実ではなく、私の推測だということです」

 明朗な使者の声が、初めて淀んだ。

「それはつまり、トールが定着できなかった理由は、君にも確かなことが分からないってことなのか?」

 義兄が確かめるように問う。

 トールにとっては、答えを聞きたくない質問だ。

 もしも、ヘツリの使者がイエスと答えたら、疑問をぶつける相手がいなくなってしまう。

 結果的に、ヘツリの使者はイエスともノーとも言わなかった。

「恐らく、ヘツリの力が弱まっているのではないかと思うのです。あまりにも長い間、彼らは世界を分断し続けた。それは本来、自然な形ではないのです。大地の力をねじ曲げ、押し込めなければいけなかった。世界は、元の姿を取り戻そうとしています。ヘツリはもう、それを押さえ込むだけの力がない」

「世界はまた、一つになると?」

「恐らく。定着できない子が生まれ始めたのも、その影響でしょう。本来、生まれるべきではない世界に、生まれてきてしまった。ヘツリを飛び越えて。ヘツリが力を持っていたころには、こんなことは有り得ませんでした」

「ぼくのほかにも定着できなかった子がいるの?」

「トールは別の世界でなら、定着できるってことか?」

 タギィとトールの声はほぼ重なり合っていたが、ヘツリの使者はどちらの問いもきちんと拾って、答えを返す。

「定着できなかった子は、いました。別世界での定着は、恐らく、としか答えられませんが、生まれてくる場所を間違えなければ定着できたでしょう。大地の子なのですから」

 彼の告げた答えは、トールの中に、絶望と希望を同時に生んだ。

 自分のほかにも定着しなかった子供がいたこと。過去形である意味は、聞かなくとも分かる。

 すでに、空に還っているからだろう。

 しかしヘツリの使者は、トールを“大地の子”と呼んだ。

 だとしたら、

「ヘツリの使者、さん。ぼくを、別の世界に連れて行ってくれませんか?」

 思いのほかかすれた声は、けれどもはっきりと、皆の耳に届いて。

「トール……」

 名前を呼んだのは母。

 うなだれ、視線を逸らしたのは父。

「どうして……? タギィ、トールを止めて!」

 止めようと、手を伸ばしかけたのは姉。けれどもその腕にはもう、新しい命が抱かれていたから、代わりに彼女は懇願した。

「――ごめん、ルーシャ。俺には止めらんねぇ」

 タギィは知っている。トールが一度、空に逝こうとしたことを。

 ここに居ても生きられないと、知ってしまったことを。

「前例のないことです。けれども、君が定着できなかった原因の一端は、私にもあります。あの時すぐに空に帰してやれなかった責任も。君が望むのならばやってみましょう」

 ヘツリの使者の声は、今ではもう心地よくトールの心に響いた。

「足かせを外して」

 誘われるまま、トールは父の作った足かせを取り払う。ふわりと浮いた体は、ヘツリの使者によって抱き止められた。彼もまた、わずかに宙に浮いている。

「ごめんなさい。お父さん、お母さん……ルーシャ」

 トールは笑顔を見せた。どんな顔をしても、みんなが悲しむことは分かっていたけれど。

「ごめんな、トール。辛かったな。足かせなんかはめて、ごめんな。本当は、ずっとこれが正しいことなのか、分からなかったんだ。それでも……」

 顔を上げた父は、トールをまっすぐに見てくれた。迷いながらも。

 母は泣かなかった。別れが近いことを、覚悟していたのかもしれない。

「トール、あなたがどう思おうとも、私は、生んでよかったと思ってるわ。あなたが生まれてきてくれたことが嬉しかったのよ。それだけは、」

 何が正しかったのか。何が間違っていたのか。どうすれば良かったのか。

 きっと、どうしようもなかったのだ。

 それでも、みんなが最前の方法を考えた。トールが生きられるように。

「生まれてくる場所を間違えたなんて、勝手なこと言わないでよ……それでも、私たちは家族で、トールは私の弟よ!」

 あの日、ルーシャは掴まえた。空に連れて行かれそうになる弟の体を。

 あの瞬間から、トールはマーロウ家の長男に、ルーシャの弟になったのだ。

「……ありがとう。ぼくは、幸せでした」

 言葉に嘘はない。しかし、ルーシャの叫びを聞いても、トールの心は変わらなかった。

「お前が決めたことだから俺は止めねぇよ。けど、新しい世界がどんなところかちゃんと俺に教えろよ――約束だ」

 タギィの強い目が、静かにトールを射抜く。守れるはずのない約束。

 それでも、トールは頷いた。

「別れは済みましたね。行きましょうか」

「はい」

 わずかに開いていた窓から、不意に強い風が吹き込んだ。大きな音を立てて、窓が全開になる。風が、向かう道筋を教えてくれる。

 最後に一つだけ。

 ヘツリの使者がトールの心に話しかける。

「君が別の世界で定着できたとしても、ここにいるよりも幸せになれるとは限りませんよ」

 定着できなかった大地の子は、答えを選ぶ。

「それでもぼくは、みんなみたいに走ったり、仕事をしたり、普通に生きたい。ただ、それだけなんだ」


 定着できなかった大地の子は、自らの定着できる大地を求めて、本当の居場所を求めて、一度、空に還る。

 そして再び彼が生まれる時、その世界は本当の居場所なのだろうか。


「恐らく」


 答えは、ヘツリの使者にも、分からない。

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