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永遠  作者: 篠義
2/3

そのに

 二週間ぶりに、我が家に帰ったら、誰もいなかった。いや、なんていうか、誰も住んでいない部屋になっていたが正解だ。生活感が一切ない。あのボケのベッドのシーツが、綺麗なままだ。ゴミ箱も、おそらくは二週間前の吸殻と思しきものしか入っていない。

 ・・・・どういうことや?・・・・

 もしかして、あっちも出張か? と、思ったものの、そんなものはないだろう。連絡すれば、ヤブヘビになるから、おいそれと職場に確認するわけにもいかない。もしかして、俺が帰るまで、向こうの職場の寮へでも避難したかと、良いほうに考えて、とりあえず洗濯物を洗うことにした。それから、食べるものもないので、仕方ないから、コンビニで行って、適当なものを買ってくることにした。

 もし、この週末に帰ってきぃひんかったら、職場へ押しかけるか、と、コンビニで、そんなことを考えつつ、メシだけ買った。あのボケは、仕事だけは休まないようにしているから、そこには確実に居るはずだからだ。

 ・・・やっぱり、携帯持たせたほうがええかな・・・・

 いや、今回の場合は、携帯があっても圏外であったから意味はないのだが、それでも、これから連絡を、すぐにつけられるという利点はある。どこにいるのかわからないのでは、話にならない。

 ・・・あんまり出張とかないとは思うけど・・・・

 度々、こんなことになるのなら、出張がない部署に転属するほうがいい。たぶん、あのボケは食べていないだろうし、また、生きているだけ状態になっているだろう。具合が悪くなっていないことを願っているが、二週間は長すぎる。

 ふう、と、溜息をついて、ハイツの階段を登ったら、俺の家の前に誰かが立っていた。

「水都っっ? 」

 慌てて、近寄ったら、まったく見ず知らずの女だった。しかし、その女、あろうことか、俺に向かって、「どあほっっ、遅いんじゃっっ。」 と、叫びやがった。

「はあ? あんた、誰? ていうか、俺、喧嘩売られてるんか? 」

「浪速水都の旦那? 」

「え? 」

「さっさと質問に答えろ。このあほ。」

 ものすごい剣幕なので、「せや。」 と、俺が頷くと、「水都と喧嘩した? 」 と、さらに尋ねられる。

「え? 二週間逢うてないから、喧嘩なんかできへんぞ。て、あんた、水都のこと知ってるんか? 」

「知ってるも何もっっ。ちょっと聞きたいねんけどな、水都は、どっかおかしいとこある? いきなり記憶喪失とかなるような体質なん? 」

「はあ? 記憶喪失? え? あいつ、入院とかしてるんか? どっか怪我でも? 」

 そうかそうか、ぼぉーっとしとって交通事故にでも遭うたか、と、俺は慌てたものの、安堵した。そういうことなら、いないのは当たり前だし、俺に連絡が来ないのも仕方がない。だから、俺は籍を入れようと言ったのだ。こういう時に、困るから。

 家の鍵を開けて、慌てて保険証と着替えの準備をしようと思ったら、女が、ちゃうちゃうと、俺の腕を掴んだ。

「うちに二週間居ついてるんよ。そやけど、おかしいんよ。水都、あんたのこと知らんって言うんよ。それに、いきなり、あたしと結婚するとか言うしっっ。あれ、どっか絶対におかしいっっ。あれは病気なん? 」

 女の切羽詰ったような言葉に、俺は一端、凍った。

・・・・結婚?・・・・

 以前、水都が考えていたことだ。生きている間、家族というものがあるべきだから、さっさと結婚して子供でも作って生活するのが普通だ、と、考えていた。それは、非常に正しい意見なのだが、それには根本的な欠陥があった。水都は愛している相手と結婚するというのではなくて、言い寄ってきた相手と結婚すると言ったからだ。結婚の意味がわかっていないと、俺は叱ったが、水都には、それがわからなかった。かなり壊れていると判明したのは、そんなことがわかってからだ。

・・・・また、戻りやがったな、あの野郎・・・・

 元の状態に戻っているらしい。たぶん、この女と、どうにかなったから、それで結婚してしまえばいいとでも思っているのだろう。そんなものは幸せではない、と、俺は何度も言ったのに・・・・そして、結局、俺は、その水都だからこそ、一緒にいることを選んだのに、それすらも記憶から抹消するつもりでもあるのだろう。

「ちょっと、こんなとこで、フリーズしてる場合やないのっっ。答えてっっ。」

 ぼおっと立ち尽くした俺の胸に、思い切り裏拳を入れて、女が叫ぶ。そら、混乱するだろう。遊びのつもりだったろうに、いきなり結婚とか言われたら、誰だってビビる。

「あれ、壊れてるねん。あんた、遊びで付き合ったんやろ? 」

「そう。二週間限定でって、最初に約束したんよ。ネコの人なんて珍しいし、それなりに顔も好みやったから。・・・壊れてるって何? 」

「えーっと、うちのネコの人な、普通の家庭を築いて生きているのが幸せなことやと思てるんや。相手のことが好きやから一緒におりたいとか、そういうんではなくて、形式美に憧れてるっちゅーか、なんていうか。・・て、あんた、なんぼほどストレートなんや? ネコの人って、おいっっ。」

「あんたのこと言うてもわからへんねんで? あんたら、カップルなんやろ? 」

「だから、俺が二週間も留守したから、俺がおらんことに耐えられへんかったから、さらに壊れたというとこちゃうかな。」

 俺のことを忘れれば、俺の代わりが必要になる。ひとりが好きだった水都に、一人は寂しいと、俺は教えてしまった。だから、一人が楽だという感情が水都からはなくなった。その代わり、誰かが傍に居ることが必要になった。

「・・・やっぱり、二週間ってあかんねんな。」

「二週間で忘れられるわけがないやろっっ。」

「いや、あいつならできると思うで。ほんで、あんたは、結婚するつもりはないんか? 一応、老婆心から言うが、あいつは、好きとか愛してるなんてことは思てないからな。」

「できるかぁぁぁぁぁぁっっ。」

「まあ、せやろうな。でも、あいつ、俺を忘れてるんやったら、このまま、じわじわと侵食してくと、あんたのことが好きになると思うで。そういう生き物やから。」

「どあほっっ。あれは、ネコの人っっ。ネコがタチやって満足するわけないやろがぁぁぁっっ。ネコは入れられて、なんぼじゃっっ。」

「うわーストレート剛速球に下品やな。」

 あけっぴろげた意見に俺は大笑いだ。どう見ても、俺より、ちょっと上くらいの女なのに、どこかおっさん臭さがあるような勢いだ。こんな女だから、水都も自分のことを話したんだろう。これだけはっきりと言われたら、こっちもはっきりと言いたくなる。

「方法はいろいろあるで? 」

「そんなことはええっちゅーのよっっ。それより、あんたに質問。」

「おう。」

「水都はいらん子? 」

「いいや。ものすごくいる子。」

「あんたら、別れ話とかは? 」

「そんなんあるわけない。あいつ、俺と暮らしてること自体が同居というレベルにしか考えてないで? 」

「でも、やることはやってんねんやろ? 」

「そら、まあ。」

「水都が好き? 」

「うーん、好きとかいうレベルではないねん。傍におって欲しいんよ、俺としてはな。水都の世話してないと、どうも調子が狂う。」

 あれが、傍に欲しい。たぶん、水都も深いところでは、そう思っている。自覚はないだろうが、本心は知っている。だから、愛してるなんて言うて欲しいわけではない。ただ、傍におって、寛いでくれてたら満足やと俺は思っている。その程度の距離にいられるのは、俺しかないと自負している。

 俺が、うっすらと笑ったら、女は、ふんっっと鼻息であしらって、「わかった。」 と、ダンと床を踏み鳴らした。

「ほんだら返す。でも、あんたのことを忘れてることを、どうしたらええの? 」

「さあ、まあ、とりあえず、うちに拉致して、徐々に慣れさせるとかでええかな。」

「それやったら、部屋を提供するから、やって。」

「え? いや、見ず知らずのあんたの家でやんのは、どうよ? 俺、公開エッチとかしたいほうとちゃうし。」

 とりあえず、酒でも飲ませて、久しぶりに泣き虫にでもなってもらうか、と、俺は笑った。あまり使いたくはないが、忘れてしまったなら、奥底の本物の水都に尋ねるしかない。俺が必要か、そうでないか。必要であるなら、拉致でもして馴染ませてやることはできる。

「うちの人な、心が繋がってないねん。」

 ほんま、なんで、二週間で忘れるんやろうと、俺は、また苦笑する。生きてるだけの人生なんて意味がないっていうことが、心の奥ではわかってるくせに、それが表まで辿り着かない。

「なんとなく意味はわかったわ。ほんで、具体案は? 」

「ていうか、あんた、ほんま、変わった人やな? あんなボケを、よう保護しといてくれたで。」

「しゃーないやんかっっ。夜中に悪戯したら、『花月、花月』って、何度も嬉しそうに抱きつかれたら情も湧くわっっ。・・・あーーーーむかつくっっ。あんた、一発、殴らせてっっ。」

 と、言いつつ、その女は、カバンで俺を殴った。許可出す前に殴ってるしな、この女。なんで、また、こんなけったいな女を選ぶかな、水都は。






 会社の飲み会があるとかで、いつもより遅く戻ってきた千佳は珍しい男を連れて来た。俺の大学の同期で吉本という男だ。同じ語学の授業をとっていただけの知り合いなので、顔もうろ覚えだが、一応、挨拶されて思い出した。

 だから、第一声は、「あんた、誰? 」 と、言ってしまったら、吉本は微妙な顔をした。それほど親しい間柄だったわけではないのだから、覚えていただけでも有難いと思ってくれ、と、内心でツッコんでおいた。

「なんで、吉本が? 」

「あたしの同僚。たまたま、話したら、水都と知り合いやってわかったの。」

「『あんた、誰?』はきっつい一発やわ、浪速。」

「しゃーないやろう。語学で一緒しただけやのに、一々覚えてられるかいな。」

 だが、どうしたことか、唐突に、俺は涙腺が緩んだ。目にゴミでも入ったのか、いきなり涙が溢れてしまった。

「あれ? なんで? 」

「いやあー、そんなに吉本君と再会できて嬉しいのん? 妬いちゃうよーんっっ。」

「おいおい、千佳。それはないやろう。」

 自分でも、どうして涙なんて零れるのか、わからない。顔を洗ってくると洗面所に逃げた。なぜ、吉本の顔を見たら、涙なんだ? と、混乱するしかない。

 気持ちを落ち着けて戻ったら、いきなりビールとか乾き物とかが食卓に乗せられていた。久しぶりの再会なので祝宴だぁーと、千佳と吉本は盛り上がっている。

「はい、ほな、乾杯。」

 缶ビールを手渡して、カチンと音をさせた吉本は、嬉しそうに、それを飲んでいる。

「俺は別に嬉しいないで? 」

「まあまあ、世間が狭いってことを祝おうやないか。」

「そうそう、なかなか大学の同期なんて卒業したら音信普通なんよ? 水都。こういうのは、祝うべきやから。」

 どうせ、明日は休みやから、無礼講モードで、と、さらに、千佳が盛り上げる。俺は、それほど飲むほうではないから、ちびちびとビールを啜っているが、千佳は豪快だ。ぐいっと一気に空にする。

「なんで酔わへんの? 千佳は。」

「女のほうが、アルコールの分解量は多いもんなんよ。ほら、水都。そんなまずそうに飲んでんと、ごくごくいって。」

 当たり障りのない世間話をしながら、急かされるように、缶ビールを空けた。まあまあ、もう一本と手渡されて、少し気分が軽くなって、ごくごくと飲んでしまったら、急に酔いが廻ってきた。

「氷食べるか? 水都。」

「・・うん・・・」

「千佳ちゃん、氷作ってる? 」

「ごめーん、作ってない。」

「うーん、水やと覚めへんのよ、こいつ。」

「ていうか、水都、こんなに弱かったかな。もうちょっといけてたはずやけど。」

 そういや、缶ビール二本ぐらいで、こんなに目が廻るなんていうのは、久しぶりだ。仕事で飲んでいる時は、大瓶三本くらいまでなら付き合っている。というか、その会話に、どこかでひっかかった。

・・・・なんで、吉本が、そんなこと言うねん?・・・・

 とりあえず、ちょっと横になれ、と、俺は身体を支えられて床に寝かされた。

「俺の嫁は、なんで、そんなに壊れてるんかなあ。かなんなあ。」

 吉本が、そう言って、俺の頬を撫でたら、急に何かがパリンと割れるような気分になった。あとは、ただ、温かい気分の浸ったと思う。





 なるほど、と、千佳は感心した。心が繋がらないというのは、こういうことか、と、涙が流れて呆然としている水都を目にして納得した。たぶん、逢いたかった旦那の顔が見られて嬉しいのだろうが、それを自覚できないらしい。それから、乱暴に飲ませて酔わせることにして、それも呆気なく酔っ払ったのも驚いた。

 道すがらに打ち合わせてして、コンビニに買い物してきた。吉本も酒には弱いというので、彼の分だけノンアルコールビールだった。それが、わからないように種類をたくさん買い込んで来たから、水都は気付かないままで飲んでいる。

「あいつ、銘柄とか気にしてへんから気付かへん。」 と、吉本が言った通りだ。全然、そんなものは気にしていないし、会話も、おざなりに付き合う程度だ。関西人という人種は、こういう時、便利だ。まったく知り合いでなくても、ノリで適当に会話できる。だから、盛り上がっているフリで、吉本と会話を続けていたら、水都は缶ビール二本で、ふらふらと揺れだした。

「横になれ。」

 身体を支えて、吉本が床に寝かせる。座布団で枕まで作るのが、かなり世話好きであるという証拠にもなっていた。それから、ふうと息を吐いて、「俺の嫁は、なんで、そんなに壊れてるんかなあ。かなんなあ。」 と、苦笑して水都の頬を撫でたら、唐突に、本当に唐突に、水都は起き上がって、吉本に抱きついた。

・・・え?・・・・

「花月っっ、花月っっ、どこ行ってたん? なんでおらへんのっっ? 俺、消えてまうやんっっ。」

 泣き喚くみたいに、わあわあと同じことを繰り返して、吉本の首にしがみついている。吉本のほうは、ほっと安堵した顔になって、起き上がってきた水都の背中を撫でている。

「ごめんごめん、仕事で出張やった。ごめんな、水都。」

「いややって言うたのにっっ。花月、おらんとあかんのにっっ。」

「うん、せやな。俺が悪いな。もう思い出したか? うち、帰るか? 」

「・・うん・・帰る・・ひとりいやや・・・」

「ひとりにはせぇーへんよ。ちゃんと帰って来るから。」

「・・うん・・・」

 その光景に、うわぁーえらいもん見せられるなあーと笑ってしまった。というか、この顔の水都を知ってたら、そら、あんた、結婚して縛り付けとこうと思うわな、と、納得もした。たぶん、酔って出て来た言葉が水都の本音というもので、えらくクールな男やと思っていたら、とてつもなく甘ったれなネコだったのだ。

「確かに、このギャップは萌える。・・・・せやけど、あたしと飲んでる時は、こんなにならへんかったけどなあ。」

 この二週間、結構、飲んでいたはずだ。こっちに付き合っていたのだから、ビールの大瓶を何本か空けていたのだ。だが、その時の水都は、こんなことにならず、終始、ほろ酔いぐらいで穏かだった。独り言のように呟いたら、吉本が、「これは、俺専用の顔やからな。」 と、嬉しそうに返事してきやがった。水都を抱かえてなかったら、蹴り入れたるとこやけど、水都がまだ、ぐずっているので、さすがに控えた。

「千佳ちゃん、悪いねんけど、タクシー呼んでもらえへんか? 」

 ぐすぐすとひっついている水都をあやすようにして吉本が頼んでくる。大人一人を抱えて帰れる距離ではないから、そういうことになる。

「あー、それやったら、うちの車で送ったげるわ。」

「ええんか? 悪いな。助かるわ。」

「いや、ええもん見せてもろた礼ということで。」

「自分、ほんまに図太いな? 普通、ホモの愁嘆場なんか見たら退くで? 」

「そのネコの可愛さが救いやろな。」

「ああ、うちの嫁、可愛いやろ? 」

「あんた、それ、水都、寝かせて、ちょっとこっち来い。」

「いや、遠慮する。」

 ちっっ、見破ったか、と、笑って駐車場からクルマを出してくるために、家を出た。戻ったら、水都は寝ていて、吉本が担ぐようにして車に乗せた。後部座席へ転がしておくのかと思ったら、本人も、後部へ座る。寒くないように、と、自分の上着をかけているのが、いっそ清々しいほどに、いちゃいちゃだ。

「荷物は、また引き取りに行かせてもらうから。」

「そうしてくれるかな。・・・あのさ、ちょっと聞きたいねんけど? 」

「なんやろ? 」

「もしかして、今度は、あたしが、『あんた、誰?』になるわけ? 」

「うーん、たぶん、そうなるんちゃうかな。実際、現場を見たことはないけど。」

「お礼にエッチ見てもええ? 」

「え? 本気か? 勘弁してや、そんなん。萎えるて。」

「混ざらしてもろてもええけど。」

「・・・千佳ちゃん・・・それ、本気やないよな? 」

「やったことないから楽しいかと思って。いや、普通の三人はあるよ。でも、ほら、普通やないやんか? そんなん見られることはないやろうし。」

 かなり興味はある。世間に、そういうビデオが出回っているが、さすがに、そこまでして見たいものではないが、機会があるなら是非、とは思った。だが、吉本は、大袈裟に溜息をついて、「あんな、俺が言うのも変な話やと思うけどな。遊んでばかりおるんもどうかと思うで。」 と、説教じみたことを言い出したのには閉口した。

「水都みたいなんは、あんまりおらんやろうけどさ。もっと暴力的なヤツとかと当たったら、どうするつもりなんよ? もし、俺が死んだりして、戻って来られへん事態で、水都が、あんたのとこへ転がり込んでたら、こんな簡単には解決してへんねんで? 」

「人を見る目はあるって。ていうか、こういうあたしやったから、びびって追い出しもせんと飼うといたげたんやろ? あんたこそ、しっかりしぃーよっっ。」

 いや、おもしろいエッチはしていたから、そういう意味では、あのネコを飼っておく価値はあった。だいたい、普段なら家まで、お持ち帰りはしない。そういう意味では、水都は好みにも合っていたからだ。

「ぶっさいくなんは、ホモでもゲイでもええわ。いや、むしろ、なっとけやけどさ。せやけど、なんで、水都みたいな好みの男まで、そっちかなあ。」

「それ、差別しすぎ。・・・あ・・・千佳ちゃん、飲酒運転やんけっっ。」

 今まで、気付かないということは、鈍いらしい。缶ビール二本や三本では、どうということもないし、飲酒検問をやっている時期でもないから、問題はない。

「大丈夫、大丈夫。ほら、もう着くわ。」

「コーヒーでも飲んでけよ、千佳ちゃん。ちょっと冷ましてからのほうが安全や。」

「ネコの旦那、あんた、お人よしとか、人から言われてへんか? 」

「はあ? 」

 今から熱い抱擁とか、楽しいエッチが待っているはずの吉本は、それより他人の心配が先という、昨今珍しい気良しであるらしい。

・・・いや、だからこそ、こんな厄介なネコを飼うてるんやろうけど・・・・

「ほら到着。さっさとエッチして、完全に記憶を取り戻せっっ、ネコの旦那っっ。」

「いや、それは、ええねんけどや。」

「大丈夫やって。他人の心配している暇があったら、自分のネコのことを心配しとれっっ、このどあほ。」

 さっさとクルマから出ろ、と、脅して、ドアがしまった途端にバックした。まだ、何か言いたそうな顔をしていたが、それは無視だ。

 ひとりになって、世の中は広いわ、と、しみじみとした気分になった。あんな変わった生き物が存在して、それが、旦那持ちの男で、さらに、その旦那が気良しとくると、なんていうか、世の中、何があるかわからんもんやと思われた。





 酔っ払いの千佳ちゃんは、堂々と、そのまんま帰って行った。あの飲みっぷりからすると、たぶん、酔ってはいないだろうが、それでも、ちょっと気になった。二週間、水都の相手をしてくれたのが、あんな変わった女というので、よかったと思う。普通の女やったら、騙されていただろう、確実に。

 そして、当人は、すやすやと寝ているので、そのまんま担ぎ上げて、ハイツの階段を登った。鍵を開けるのに難儀はしたが、とりあえず、ベッドに転がす。

・・・あんまり他人には見せたくなかったんやけどなあ・・・・

 奥底の水都は、とても可愛い。たぶん、今まで、俺しか知らなかった。千佳ちゃんに見せたのは緊急事態だったとはいえ惜しいとは思う。

・・・明日起きたら、徹底的にやったるからな、覚悟しとけよ、水都・・・・・

 さすがに出張二週間で、さらに、嫁の捕獲に出たから疲れた。俺も、そのまんま嫁の横に入り込んで、目を閉じた。 



 翌日、かなり昼近い時間になって目が覚めた。もちろん、寝汚い俺の嫁は起きる気配もない。とりあえず、シャワーでも浴びて、すっきりするか、と、起きだした。あの様子では、あのまんま寝ているだろうと思っていたからだ。しかし、風呂場の外で、ものすごい音がして、力一杯、風呂場の引き戸が開けられた。

「なんよ? 」

「・・あ・・・・」

「おい、寝ボケとるんか? 水都。」

 ワイシャツにスラックスという出で立ちで水都は、泣きそうな顔をしていた。無理もないのだが、思い出させないために、何も言わなかった。黙ったままで、シャワーがジャージャーと流れているところまでやってきて、俺に抱きついた。

「・・・おかえり・・・・」

「ただいま、俺の嫁。」

「・・・あのな・・・」

「うん。」

「今すぐに、やってほしいねん。」

 何が、と、聞くだけ野暮やろう。千佳ちゃんの証言によると、俺の嫁は、「ものたりない」 という感想だったという。そらまあ、そうなのだ。普段、やっていることをしてもらえないのだから、物足りないという感想になる。一応、千佳ちゃんは、それなりのことはしたらしいが、まあ、それは満足できるものではなかったはずだ。

「そらもう、喜んで。でも、おまえもシャワーは浴びて洗え。」

「・・ああ、せやな。」

 とりあえず、シャワーを浴びてから、俺の嫁が、「もう充分や。」 と言うまで、やり続けた。メシも飲み物もない状態だと、俺の嫁は、ふらふらになってしまう。明日は、日曜やから、ゆっくり沈没させておけるから、と、俺も容赦しなかった。この形に馴染んでしまったのは、俺も同じだ。抱けることは抱けるだろうが、たぶん、相手の到達地点がわからなくなっているだろうと思う。

「男って、わかりやすいよな。」

「・・ん?・・・なあ、花月・・・もう、ええ・・・・なあ、もうええって・・・・もう、いやや。」

「いややわー水都さん、熱烈に誘てくれはったんは、あ・ん・た。全力で、ご奉仕させてもらいますぅー。」

「・・・あかん・・て・・・俺・・もう・・・しんどい・・・」

「はいはい、まだ、いけるで? ほら? 」

「・・・いややってぇぇぇ・・・」

 徹底的にやってやるつもりで、手加減はしなかった。忘れたというなら思い出させておけばいい。また忘れても思い出させればいい。そのうち、水都は本格的に泣き出して、それから潰れた。強烈な記憶で上書きすれば、その前のことなんて押し潰されてしまう。

・・・しゃーないよな? おまえは壊れてるんやから・・・・・

 ぼろぼろに泣いた顔を覗き込んで、「二週間か。」 と、その記憶の保存時間については肝に銘じた。二週間が、たぶん、ひとりでいる限界なのだろう。

「いや、違うか。千佳ちゃんが二週間って約束したっていうてたもんな。・・・・二週間って言うたのが悪かったんか・・・」

 知り合って三年、付き合って二年、同居して半年も経っていない。だから、その限界の時間は延ばすことは可能だろう。

「とりあえず、こいつを洗って、メシの支度するか。あーあーシーツは廃棄したほうがええかな。」

 どろどろという雰囲気のシーツと、すっかり陽が暮れてしまった室内を見回して、俺は立ち上がった。



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