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永遠  作者: 篠義
1/3

そのいち

 永遠なんてものはない。

人は変わるし時代も移っていく。

だが、変わらずにいる努力は出来る。

他の余計なものが変わったり流れても、変わらずにあればいいと願うことはできる。



「結婚? また、無茶なことを言い出したで、このあほは。」

 唐突に、出された書類に目を遣って、浪速は苦笑した。そこにあるのは養子縁組の書類だ。確実な繋がりが欲しいと、同居人は考えたらしい。

「せやけどな、水都。」

「それで養子縁組して、それでも別れることがあったら、おまえ、どうするつもりや? こんなご大層なもんやってからでは遅いんやで? 」

 からかうように言ったら、ものすごい鬼の形相になった。だが、まだ笑っていられる。元々、こいつはノンケで、どこでどう蹴躓いたのか、俺を抱いた。

・・・だからな、もし、そういう女性が出てきたら、おまえは、そっちとくっついたらええんや・・・・

 永遠なんてものはない。今の気持ちが変わらないという保証もない。ただ、この時間は大切ではあるけど、それで縛ってはいけない。自分にはないだろうが、それでも擦れ違うことがあるかもしれない。だから、確約なんてしたくない。

「本気か? 」

「本気や。おまえ、これやってもうたらホモ確定の上、公表するようなもんやぞ? そんな怖ろしいことはせんでもええやないか。」

 まだ就職したばかりで、右も左もわからないというのに、なんとおとろしいことを考える、と、俺は笑った。出会う機会が増えていくのだ。これから、こいつにも出逢いがあるはずだ。

「俺は離さへんっっ。」

「今はな。・・・せやな、三十年しても一緒におったら考えたらんでもない。」

 よくよく考えたら、俺は生きてるか? の年数だ。そんなに長く生きているつもりはない。でもまあ、約束するなら、そのぐらい長いほうがええやろとは思った。三十年なんて時間、変わらずにいるのは難しい。静かに、ただ寄り添っているだけなら、どうにかなるかもしれない。けど、現実には働いて食べていくのだから、世間と付き合っていく必要がある。ふたりしかいない、という状況ではないのだから、何が起こるのかなんてわからない。

「俺は、絶対に、おまえを離すつもりはない。もし、ほんまに、おまえが好きやと思う女が出来たとしても、別れるつもりはない。」

「おおきに。」

 たぶん、俺は、特別な存在なんてものは作らないだろう、と、自分でもわかる。少し壊れているらしい俺は、他人は他人でしかない。それに感情を向けるというのが苦手だ。どういうわけか、花月だけは、それなりの感情がある。だが、それは、俺のほうの言い分で花月のものではない。

「そんなに深く考えんでもええやろ? とりあえず同居するけど、成り行きで、また、その時に考えたらええやないか。そうでないなら、俺は別に家を借りるで。」

「おまえ、それっっ。そんなん、絶対にあかんっっ。」

 卓袱台に置いたタバコを手にしようとしたら、押し倒された。花月は、ただいま盛り上がっている。だから、この話は、いつまでたっても平行線だ。それなら、勢いで誤魔化しておこう、と、俺は倒されて、そのまんま力を抜いた。

・・・・そういや、俺、ここんとこ、女とやってないな。・・・・・

 目の前に迫ってくる顔を眺めつつ、そんなことを考えていた。この関係になってから、俺は、こいつ以外とやっていない。そして、俺はつっこまれる役をやっているから、つっこむほうは、かなりご無沙汰だ。別れたら、俺、もう、できへんかもしれへんな、と、そんなことばかり考えていた。





 結婚なんてものは、自分にはできないものだと思っていた。というか、あまりやりたくないが正解だ。適当に遊んで付き合える相手を、変えていくほうが楽だからだ。それが、どうしても手放せないものを抱えてしまって考えが変わった。

 抱えてしまったのが、女だったら、結婚したいと言わなかっただろう。面倒だという理由で。俺は、べたべたと束縛されるのが苦手だ。適度に距離を置いてくれる相手なら問題はないのだが、そういう女性にお目にかかったことはない。いや、最初は、距離があるのだが、どこからか、それが狭められて、仕舞いになくなる。学生時代に、いきなり部屋に来て、掃除なんて始められて閉口したことがあった。掃除自体は有り難いのだが、料理を作るとかし始めて、まるで、その女のテリトリーかというぐらいに侵食されてしまうと、俺は窒息するのだ。

 ずっと喋っていることも面倒だし、何よりべたべたと擦り寄られるのが面倒だ。やるだけの関係なら、それでいいだろうと思っていたら、最初は、そうでも、やはり変化していく。俺が、女の所有物みたいな扱いになるのがイヤだった。だから、もし、手放せないと思ったとしても、となり同士に家を借りるぐらいのことになったはずだ。

 そういう意味では、浪速は理想的だった。相手が俺より無頓着で、束縛が嫌いという相手だったからだ。それなのに、俺にだけ馴染んでいた。ふたりして、同じ部屋で別々に過ごすのも当たり前、下手をすると食事も別々なんてこともあるほど勝手気儘で、時たま、俺が料理すれば、浪速は嫌がりもせずに食卓につく。食べたら、後片付けもしてくれる。そんな関係だ。

 そして、浪速は放置すると、生きているだけの状態になるので、手をかけようと俺が動くことになる。でも、それで、浪速は感謝することもないし、べたべたとくっついていることもない。それが、俺には何よりだった。傍に体温があるけど、それに束縛されることがないというのが、俺には有り難いことだった。

「おい、研修は、第二会議室やで、吉本。」

 就職して、最初の二ヶ月は研修が、ほとんどだ。一応、部署は決められているが、そこに座っているのは一日の半分がいいとこで、後は研修で同期一同で、知事や収入役の有り難いんだか、なんだかわからない話とか、実際の実務とかの勉強をさせられる。定刻には終るから、これで給料がいただけるというのは、申し訳ないほどだ。

「今日はなんやった? 」

「正しい地方財政の知識とかなんとかやった。」

 同期で仲良くなったのは、隣りの課にいる御堂筋という男で、適当に付き合うには、ちょうどいい感じの男だ。それとつるんでいれば、聞き漏らしたことを、お互いに補完もできる。

「今夜、コンパらしいで。年上のおねぇーさんたちと。」

「え? そうなんか? 」

「あれ? 連絡行ってへんか? 」

 およ? いきなり、はみごが? と、御堂筋はからかうが、実際は、俺が課内の連絡メールの確認をしていないだけだ。

「俺、パス。」

「そうか、ほんなら知らんかったで通しとき。」

 御堂筋という男も、割と気楽で気良しで、付き合うのは楽だ。わざわざ、出ろとは言わない。それで、俺がハミゴになっても、こいつは気にしないだろう。

 その日の研修の後で、予定表を貰って、ちょっと顔色を変えてしまった。これから二週間、県内の施設を各人が研修という名目の雑用に借り出されるということだったからだ。それも、女性陣は自宅から通えそうな場所だが、男のほうは県境に近いような僻地ばかりだ。つまり、そういう場所の雑用を一年に一度やらせようという魂胆なのだろう。俺の行き先は、とんでもなく僻地で、隣りの県へ買い物に出たほうが早いような場所の、営林署事務所だ。

「なんで、地方公務員が、国家機関へ行かなあかんねん? 」

「たぶん、人手が足りてないからやろ? 」

 もちろん、御堂筋も同様で、俺とは違う村の役場だった。二週間のうち、土日は休みではあるが、車がない俺は戻るには、バスしかない場所だから、かなり厳しい。

・・・・大丈夫かな・・・・

 だが、行かないわけにもいかない。家に帰って、同居人に、そう告げたら、「気をつけて。」 と、だけ言われた。

「ちゃんと戻ってくる。」

「わかってる。」

 その頃、水都は携帯を持っていなかった。だから、電話するのは自宅しかない。毎日、声だけは聞かせようと思っていた。

 けれど、営林署事務所の仕事は、かなりハードで、毎日とはいかなかったし、同居人が帰りが遅くて捕まらないことが多かった。一週間して、慌てて休みに戻ろうとしても、仕事があって戻れなかった。





 キッカケが何だったか忘れたが、女と知り合った。それで、その女の家に雪崩れ込んだ。相手は、ちょっと酔っ払っているので、ぱっぱと服を脱いでいる。

「あのな。」

 ベッドに飛び込んだ女の勢いで、ものすごい音がした後で、俺は口を開いた。

「今更、何? あ、ゴムは、ここ。」

「いや、そうやない。俺、ここんとこ、やってないから下手かもしれへんので、やって欲しいことは言うてくれると助かるんやけど。」

「え? 童貞? 」

「まさか、この年で童貞やったら怖いやろ? 」

「できない事情があったとか? もしかして、お勤めでもしてた? 」

「お勤め? ムショには入ってない。やるほどの元気がなかっただけや。」

「不能? 」

「それもない。ものすご下品やな? あんた。」

 そうかなあー、と、女は大笑いしているが、「命令したげるから、はよおいで。」 と、手をヒラヒラと振っている。まあ、どうにかなるやろ、と、俺も服を脱いだ。女って柔らかいなあーと女の胸に手をやって、ちょっと感慨に浸った。ここんとこ、硬い胸しか揉んでいないし、自分から能動的に動くのもなかった。やり方は似たようなものだが、何かが違うのは当たり前で、抱いても気分的にすっきりするということもないもんだ、と、感心もした。

「うまくはないけどさ。その不満顔は、なんやろ? 」

 一回戦が終ってから、水分補給している女は、まっぱで俺の前に仁王立ちする。

「・・・ものたりへんのや。」

「じゃあ、二回戦? 」

「もちろん、それはかまへんよ。でも、一緒やと思うわ。」

「あたしのテクがなってない? 」

「いや、それもちゃうわ。強いて言うなら、俺が、こういうセックスと縁遠かったからやと思う。」

「どんなセックス? もしかして、縛れとか言う? 」

 行きずりの女なので、別に隠すこともないだろう。それに、こんなに明け透けに言われると、反って言いやすい。

「俺、ここ二年くらい男としかしてへんかったんよ。」

「え? 」

「それも、俺、女役してたからな。せやからものたりへんのや。」

 女は、あんぐりと口を開いて、それから馬鹿笑いを始めた。「信じられへんっっ。」 と、何度も言うて、俺の裸の肩をパンパンと叩く。

「いやあーネコの人とやるなんて貴重な経験やわ。」

「ネコ? 」

「女役のこと。ちなみに、男役はタチ。これ、レズでも一緒やから。・・・えーっと、つまり、普通のセックスができるか試してみたということやろか? 」

「そうやな。できることはできるってわかったわ。」

 だが、あんまり満足できる気分ではなかった。すっかり、抱かれるということに慣れてしまっているらしいとは確認できただけだ。

「今、フリーなわけや? ネコの人。」

「いいや、二週間、留守なんや。俺の旦那。」

「ほんで、浮気してんの? 」

「浮気なあー、これは浮気って言うんやろうか。」

「まあ、浮気やと思う。でも、二週間限定なんやったら、しばらく相手してもええよ。あんたみたいなんは珍しいから。」

 一人で家に戻るのが億劫だった。ついでに、適度に運動して、ノーマルな性生活というのに慣れるのもいいかもしれない。もしかしたら、そのうち、終わりが来るかもしれないのだから、また、こういう生活になるのかもしれない。予行演習をするには、この女は、いい相手だとも思った。

「ほな、頼むわ。」

「とりあえず、名前聞いとこか? ネコの人。」

「タマ言うねん。」

「へーーータマなんや。ほな、タマ、おいで。」

「おまえこそ、なんて言うんや? 」

「ミケでどう? 」

「ふーん、ミケ? こてこてのボケやのー。」

「あんた、自分のほうがこてこてやっていうんよ。」

 ふたりして大笑いして、またベッドに戻った。まだ、二週間先にしか帰ってこない相手のことは考えても仕方がない。

適当に待ち合わせて食事して、それから、女の家に戻ってやるという毎日のうちで、ゆっくりと俺は同居人のことを忘れていく。


 一週間して、俺は、女に、「ここに住み着いてもええか? 」 と、尋ねた。女のほうは、気にした様子もなく、「好きにしてええ。」 と、合鍵を差し出した。

「ほな、着替えとか取りに行くやろ? クルマ出すわ。」

「悪いな。」

「かまへんかまへん。ここんとこ、奢って貰ってばっかりやからなあ、タマに。」

「ミケの家使わしてもうてるから家賃やと思てくれたらええ。」

 クルマで、自宅からスーツと着替えを、いくつか運んだ。女もついてきたので、名前がバレた。「水都やなんて、かわいい名前やんか、タマ。」 と、女は笑って、自分の名前も公開してくれた。千佳は、とてもおおらかで優しい女だと思った。



 それから、一度も自宅だと思っていた場所には帰らなくなった。



「そろそろ二週間やけど、旦那はええの? 」

 女がそう言うので、俺は、「旦那って、誰? 」 と、答えた。

「え? 」

「俺、男やで? 旦那って、おまえのか? それ、俺と違うんか? 」

「ええ? 」

 千佳は、ものすごい顔をしていたが、俺には、何のことやらだ。そろそろ、籍でも入れなあかんかなあーと、俺は考えていたのだが、別の相手がいるなら家から追い出されるかもしれないな、と、ちょっと落ち込んだ。




 異変というのとは違うのだが、こいつ、どっかおかしいと気付いたのは、昨日のことだ。二週間限定の相手をすると、互いに確認したはずなのに、それを忘れていた。ついでに、ネコをやっていた水都は、それすらも忘れているし、さらに怖いのは、自分が旦那持ちの男だということすら忘れているのだ。水都の家には、表札がふたつ並んでいて、どっちも男性名だった。それに、何度かやっていれば、明らかに、水都は抱かれるほうの立場だとわかった。それなのに、当人は、それを、すっぱりと忘れている。たかが二週間で、そんなことは可能なのだろうか。

 今日なんて、とんでもないことを言い出したので、絶句した。入籍したほうが、はっきりしていいのではないか、と、言うのだ。

「あんた、正気? 」

「なんで? 同棲して、それでやることやってんねんから、それが正しい流れやろ? 」

「家に帰って、事実を自覚したほうがええんちゃう? 」

「家? 俺の家、ここやろ? 」

「はあ? 」

 記憶喪失ではない。ちゃんと仕事はしているらしいし、こちらのことも理解している。ただ、旦那のことだけが抜け落ちているのだ。それはもう、はっきりすっぱりと。

「吉本花月って名前は? 」

「え? 大学の同期やったと思うけどな。」

 さすがに、これは演技ではないと背筋が寒くなった。最初の夜に、旦那がいることを告げた水都は、とても嬉しそうに、旦那のことを言っていたからだ。それが、名前を出しても、そんな反応しかしないのはおかしい。もしかして、別れたかったのか、とも、いぶかしんだものの、「家に帰っても寒いから。」 と、二週間限定の約束をした時は寂しそうに笑っていた。何が、どうなったら、こうなるのかわからない。当人が、そう言うのなら、しばらくは、ごっこ遊びのつもりで付き合うか、と、腹を括った。

 だが、そうではないことにも、すぐに気付いた。真夜中に、悪戯してやったら、「花月、もっと。」と、嬉しそうに呟いたからだ。

 ・・・・なぜ?・・・ていうか、どうなってるんよ? これ・・・・

 相手は、二週間限定で出張だと言う。ならば、そろそろ戻っているだろう。直接、相手に問い質し、別れ話がこじれているのか、痴話喧嘩なのだとしたら、早々にお引取り願いたい。幸い、自宅の場所は覚えている。今夜にでも出向いてくるか、と、朝の出勤前に、ダイニングテーブルに座っている水都に、「今夜は、会社の宴会やから遅くなる。」 と、告げて出勤した。



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