公爵は真実の愛に目覚めたらしいので、こちらから見限ることにしたら、皇子が横やり入れて来ました。
拙作のスピンオフ短編です。
「エイデン家のウノ嬢。君との…」
「婚約解消ですね。分かりました」
「え?」
私の言葉にディングル家のコーリング公爵は勢いをそがれた顔を晒していた。
「そちらのミリノア嬢と、真実の愛を育んでいらっしゃるのでしょう?」
コーリング公爵に寄り添い立っている少女を見た。もちろんにこやかに。
二人とも若い。しかし若くても貴族は貴族。その責任も分かっているはずなのだけれど。
「そ、その通りだ。私はミリノアを愛している」
「コーリング様」
眼にハートが浮かんでいるような視線をミリノア嬢がコーリング公爵に向ける。
ふん。
馬鹿馬鹿しい。
何が真実の愛よ。
「この馬鹿ども」と言いたい気分だけれど、もちろんしっかりとした貴族の教育を受けている私は、そんな言葉を口にはしない。
彼がいろいろと言い訳をしては私と会うことを避けていることは分かっていた。
そして彼の屋敷にミリノア嬢が頻繁に出入りしていることも知っていた。
それでも私は彼を非難することはしなかった。
貴族として。公爵家としての役目を分かっていると思っていたから。
でもこの場にミリノア嬢をエスコートして、厚顔無恥さながらに連れて来た姿を見て、私は彼を見限ることにしたのだった。
これはいわゆる真実の愛を貫くうんぬんで婚約解消の流れになるのだと悟った。
「では、コーリング公爵からの申し出により、エイデン家とディングル家の婚約は解消するということでよろしいですね」
「そう言うことだ。形だけの結婚など、私は望んでいないっ」
はい。
言質を取りました。
清々するわ。
「待て、コーリング公爵。本気で言っているのか」
あら、横やりが入ってしまったわ。
この声の主が誰なのかはもちろんすぐに分かった。
「グリーン皇子」
我が王国の第7皇子が立っていて、彼がその声を発したことで、周囲から人が引くようにいなくなっていた。
その美しい緑色の瞳。かのブルー王に匹敵する賢王となる期待を込められてグリーンと名付けられた皇子。
経済についての知見も高く、エイデン家の私とは多くの会議でご一緒させていただいた。
先を見通す力もあり、もし第7皇子であるけれど、王位決定の儀が行われるとするならば、エイデン家は彼を推挙しようと気の早い話までしている。
王子主催のお茶会にもこの婚約が決まるまでは結構な頻度で参加させていただいた。
まあ、それでも私の方が年上なので、どうせ選ばれることはないだろうとあまり本気にはなれず、遠くから女性達に囲まれる皇子を眺めている時間の方が長かった。
「我々の問題だ。口を挟まないでいただきたい」
「本気なんだな?」
「本気でなければこんなことを言うわけがなかろう」
グリーン皇子がちらりと私に視線を送って来た。
私は微笑んで小さく頷くのみ。
「エイデン家のウノ嬢。そなたも同意するのだな?」
「同意も何もございません。コーリング公爵が、真実の愛を選ばれたので、婚約を解消された。それが全てです」
「分かっていて言っているのだな、ウノ嬢」
「ええ、もちろんです」
グリーン皇子が嘆息した。
「コーリング公爵。今更確認するまでもないことだが、我が国の安定と繁栄の仕組みは分かっているのだな?」
「安定と繁栄。もちろんです、グリーン皇子」
コーリング公爵はそう言うが、隣のミリノア嬢はどれだけ分かっているのやら。いえ、コーリング公爵も分かっていない可能性があるわ。
「王家を支える公爵家。その数4つ」
コーリング公爵が四本指を立てる。
「我がディングル家。そしてウノ嬢のエイデン家。シーノック家。ビイデル家の4つだ」
会場の全ての者が頷く。
この4つの公爵家がそれぞれバランスを取り、そして王家を支えることで、我が王国は長く安定と繁栄を得ている。
少し昔、ブルー皇子が王に選ばれた際には、ちょっとしたゴタゴタがあったけれど、結果的にブルー王の代にさらに我が国は大きく発展することになった。
そのブルー王を支えた稀代の才女と呼ばれたアノ王妃は、私達エイデン家の出である。
そして王位継承権をもっていたデルフィン皇子は、ブルー王を支える名宰相となっていたことも、その発展に大きく寄与したと伝わっている。
「この4つの公爵家が、王家を支えている。それが我が国の安定と繁栄をもたらしている」
「それが分かっていて、この婚約解消なんだな?」
「くどいですぞ、グリーン皇子」
そりゃくどく確認したくなりますよねえ、グリーン皇子。
ビイデル家は兵団を率いる立場。モンスターが出現するこの世界では、ビイデル家が率いる兵団がその大規模討伐を行う。昔は北の蛮族との戦いも頻繁だったようだが、今では良好な関係を築いている。
ディングル家は外交に長けた家で、系列の貴族から多くの女性が外国に嫁いで縁を作っている。大きな港をいくつか管理していて、漁業についてもディングル家が仕切っている。
シーノック家は工業。王家以外に鉱山をもつ権利を有している。多くの優秀な職人を領地に抱えているが、やはり武具防具をほぼ一手に引き受けていることが大きい。
そして我がエイデン家は商業。もちろんそれぞれの公爵家は独自に商業や交易を行っているけれど、エイデン家が王国の商業を取り仕切っているのは事実である。またブルー王が即位した際にいただいた領地は、麦とバーレ芋の一大産地となって、この国の胃袋を支えている。
この4つの大きな権力を有する公爵家が、時に協力し、時に牽制しつつ、王家を支えるのだ。
「公爵家同士の婚姻が今回例外的に認められた経緯は?」
そう。
公爵家同士の直接の婚姻はめったに行われない。
それぞれの系列の有力貴族との婚姻は頻繁に行われている。それは、それぞれの公爵家が無闇に衝突しないように作られた慣習だ。
それなのに今回、ディングル家とエイデン家が直接婚姻の約束を交わすことになったのには理由がある。
「分かっている。ミエネ国との交易だ」
ミエネ国は長らく領土問題で揉めていた隣国で、小さな小競り合いも頻繁に起きていた。
その領土問題を解決し、良好な関係を築いたのがブルー国王その人である。
そしてミエネ国を治める総領が今年、新しく選ばれ、その総領が我が王国との貿易を本格的に始める方針をとったのである。
「だが、ミエネ国との交易は、我がディングル家だけでもやり遂げてみせる。エイデン家の助けはいらぬ」
あーあ。
またそんなこと言っちゃって。
「ミエネ国との大規模な交易は、国家の経済に大きく影響する事業だぞ」
「分かっているとも。だからこそ我がディングル家が見事取り仕切って見せると言っている」
コーリング公爵の言葉を聞いて、困ったようにグリーン皇子が私を見て来るけれど、私のせいじゃないです。
「あー、ではもう一つ確認させてくれ。そこのお嬢様」
「ミリノア嬢だ」
「どこの貴族のご令嬢だい?」
まあ、グリーン皇子が知らないのも無理はない。
地方貴族だもの。
「ニード地方のモーロック家だ」
「あのワインの産地の?」
「そうだ。ニード産のワインはそのほとんどをモーロック家が生産している」
「すまない。それってつまり地方貴族と言うことだな?」
「男爵家だ」
「本気かよ」
思わずグリーン皇子が突っ込んだので、私は吹き出しそうになってしまった。
ですよね、皇子。
本気かよと言いたくなりますよね。
ニード地方のモーロック男爵家ということは、貴族としての格も全く公爵家とは釣り合わないし、そもそも公爵家が自分の系列の男爵家の娘を正妻にするなんて意味が無い。
惚れたと言うのならば、第2夫人にすればいいだけの話だ。
「男爵家の女性を正妻にする必要があるか?」
「第2夫人にしろと?そういうことではないのだ。私は心から愛する女性を正妻にしたいのだ。そう、真実の愛を貫くために」
「コーリング様」
またミリノア嬢がハートを浮かべているわ。
彼女の無知も罪よねえ。男爵家であるから貴族としての学びが足りないところがあるのは仕方ないにしてもあまりにも浅慮な行動だ。
同情の余地はないのよね。
「本気なのは分かった。その覚悟、認めざるを得ないな」
「最初からそう言っている。このような場で宣言したのだからな」
「そうか。では第7皇子として、王家の裁定を下す」
あら、グリーン皇子。確かにその権利がおありですがよろしいのですね?
後々の手続きが面倒ですよ。
「ウノ嬢。よろしいな?」
グリーン皇子が聞いて来る。
もちろん私の返事は決まっている。
「はい、構いません。お願いします」
グリーン皇子が頷く。
まあ、経緯を説明する書類の作成くらいつきあいます。
「ディングル家のコーリング。エイデン家のウノ。この婚約はコーリングからの申し出により、ここに破棄される。第7皇子の名において、これは王家の決定とされる」
グリーン皇子が宣言した。
はい、どうもありがとうございます。
私は王家からの言葉を得て、さらに肩の荷が下りた気分だわ。
そして満足そうな笑みを浮かべるコーリング公爵に向かってグリーン皇子が言葉を続けた。
「これにより、コーリングは公爵家から廃嫡とする」
「え?」
コーリング公爵が呆ける。
あらあら。やっぱり真実の愛とか言うものにまやかされて、未来が見えていなかったようね。
今更気付いても、もう遅いけれど。
グリーン皇子が宣言しちゃったから。
「な、何を言っているのですか、グリーン皇子?」
「当然ではないか」
「と、当然?」
面倒くさそうにグリーン皇子が私を見る。
え?私が説明するの?
まあ、裁定を下してくれた感謝の気持ちを表すためにも私が説明してもいいけれど。
「コーリング様。今回の婚約は王家の名において行われました」
そんな顔で見られても困ります。
真実の愛でいっぱいのその頭でも理解してください。
「公爵家同士の婚姻ですから当然です。4つの公爵家のバランスを崩しかねない」
ミリノア嬢もしっかり聞いてね。縋るようにコーリング公爵を見つめている場合じゃないのよ。
「それでもなお、公爵家同士の婚姻を認めたのは、ミエネ国との交易がそれほど国家としての重要な案件だからです」
「だ、だから、それは我がディングル家だけでもやっていけると」
「無理です」
「は?」
「ディングル家だけでは無理です。もちろんエイデン家だけでも無理ですが」
これ、何度も説明しようとしたんだけれどなあ。
先代が急に亡くなって、コーリング公爵が若くして当主になったから、交易にも疎いところがあるかもしれない。そう考えた私から、状況を整理した資料を何度も差し上げたのだけれど、やはりちゃんと読んでくれなかったのね。
まあ、会うことも避けられていたから、読んでいないかもしれないと覚悟はしていたけれど。
最悪、妻となった私が何とかすればいいと思っていたのよね。
「バーレ芋。品種改良によって、生産量が格段に向上したバーレ芋を、ミエネ国は交易の主要品として希望しています。近年ミエネ国の南部では害虫の被害によって、麦の収穫量が落ちてしまっていますから」
「そ、それは分かっている」
いえ、分かっていないわ。
「生産量が増えたとは言え、バーレ芋を交易の主要品とするには?」
「え?ディングル家やその系列貴族の領地でもバーレ芋は作っているし」
「それは自分達が食べる分がほとんどです。余剰分が市場に多少は出回りますが」
「いや、しかし」
「交易に出すとなると、エイデン家領で生産されたバーレ芋が必要なのです」
資料に書いたわよ、コーリング公爵。
「だったらそのバーレ芋をディングル家にくれれば?」
「くれれば?」
さすがにグリーン皇子が口を挟んだ。
「何を馬鹿なことを言っている。欲しいのならば買うのが道理だぞ」
「か、買うとも。ああ、もちろん買わせてもらう」
「その財力が現在のディングル家にはありません」
「は?」
自分の家の現在の財力くらい把握して欲しいのだけれど。
もちろん、このことも資料に書いた。
ブルー国王が選ばれる時にあったゴタゴタのせいで、ディングル家の力は数段落ちてしまっていた。
最近やっと回復して来たけれど、財力には余裕がない。
「交易するのに十分な量のバーレ芋を購入するための資金が無いのです。だからこそ、王家は両家を結び付けることで、この問題を解決することにしたのです」
「い、いや、そんな」
狼狽えるコーリング公爵の姿に、さすがにミリノア嬢も不安そうな顔になっている。
もう遅いけれど。
「カーボ」
「ひゃいっ」
グリーン皇子が声を掛けたのは、コーリングが廃嫡となれば次の当主となる人物。
しかしまだ幼過ぎる。
「君がディングル家の当主になることになる」
「は、はい」
「そうだな。頼るとすれば?」
グリーン皇子が私を見るので、私が答える。
「ミルノーラ家のハリンストン様が適任かと」
「そうだな。ハリンストンを頼れ」
「は、はい」
そのハリンストン侯爵から声が上がった。
「ここにおります」
「ああ、そうか、当然招待されているか。では、ハリンストン侯爵、幼いカーボを支えてやってくれ」
「全身全霊をもって」
さすがハリンストン侯爵。
状況をしっかり理解してるみたい。誰かさんと違って。
しかしその誰かさんであるコーリング公爵は納得できないみたい。
「ま、待ってくれ。話を勝手に進めないでくれ。廃嫡なんてダメだっ」
「いや、もう決めたことだ。王家の宣言に異を唱えるのか?」
「うぐ」
それはつまり王家に逆らうということだもの。
もうどうにもならないことがさすがに分かって、コーリング公爵は赤くなったり青くなったりしている。
「こ、コーリング様?」
「う、うるさいっ」
あらあら、真実の愛はどこに?
縋るミリノア嬢の手を振り払ってしまったわ。
結局、がっくりとうなだれながらコーリング公爵、いえ、元公爵が歩き出した。
戸惑うミリノア嬢も最後には彼について行った。
真実の愛、大切にね。
二人でワイン作りでも楽しむがいいわ。
そしてグリーン皇子が私の元に歩いて来る。
「グリーン皇子、ありがとうございました」
「いや、奴が馬鹿だっただけの話だ」
「そうだとしてもありがとうございました」
ふんっと息をグリーン皇子が吐いた。
「さて、では、今後について話をしないとな」
「ああ、カーボ様と」
「いや、私とだ」
「グリーン皇子と?」
急に何を言っておられるのだろう。
「王家の決めた婚姻だから、どうすることも出来なかったが、さすがにカーボと婚姻てことは無いだろう?」
「カーボ様はまだ幼過ぎますね、結婚には」
「だとしたら、私が名乗り出よう?」
「名乗り出る?」
グリーン皇子が少し赤くなっているわ。
え?まさか?
最近数回開かれたバーレ芋の管理方法や輸送方法について詰める会議に、確かに彼もいて、私にやけに視線を送ってきていることに気付いていたけれど。
あの視線には別の意味も込められていたわけ?
「まずはお互いをよく知るための時間を作ろうではないか」
どうもそうらしいわ。
「まあ、グリーン皇子。私は年上ですがよろしいのですか?」
「ミエネ国との交易は国家事業とするのはどうだ?」
ごまかしたわね。
でもいいでしょう。
ここは年上の余裕を見せましょう。
「いい考えですわ。私もそうするしかないかなと思っていたところです」
「では、早速、概要を話し合おう」
「喜んで」
私は嬉しそうな笑みを浮かべるグリーン皇子に、スマートにエスコートされながらこの場を立ち去るのだった。
この時には、まさか私がグリーン王の王妃となるなんて思ってもいなかったのよね。
「碧眼の皇子は今日も悪行する 」
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作中に登場するブルー皇子とアノのお話です。
全15話の中編です。




