すぐに泣いて被害者面する令嬢に制裁を
「うわーん!ミランダ様がぁ!私のことぉ!マヌケってぇ!家の恥だってぇ!」
ウサーナ令嬢が、今日もひときわ元気に泣く。学園の教室に彼女の泣き声が響きわたる。養豚場にだって、こんなに毎日泣く奴はいないだろう。よく疲れないものだ。
「何だと!ミランダ様!いくらミランダ様と言えど、こんなこと許されませんぞ!ウサーナが泣いているではありませんか!」
でた。ウサーナの婚約者アレキルドだ。このコンビが厄介極まりない。ウサーナが泣いてアレキルドを呼び寄せ、何も知らないアレキルドの無意味な正義感で場を締め付ける。その辺のダンジョンボスも裸足で逃げ出す凶悪コンボだ。出来ることなら今すぐ高ランクダンジョンに送り込んでやりたい。
「マヌケだの家の恥だの、言っておりませんわ。宿題の紙を提出しなさいと、義務を果たしてくださいと言っているだけです」
「でも泣いているぞ!よほどきつい言い方だったのだろう!なぁウサーナ」
コクコクと目元を抑えながら頷くウサーナ。
涙なんて出さずに、宿題を出しなさい。その嘘泣きの技術を、熱量を、少しでも良いから勉学に当てれば、どれほど賢くなれるか。あなた、成績最下位争いしてますのよ?
私の友達が数名、こちらをチラチラと見る。彼女たちが加われば余計にややこしくなるだけだし、あまり迷惑はかけたくない。私は首を振って彼女たちを諫める。
「グスン。宿題はぁ、ペットのピーちゃんが死んでしまってぇ、手に付かなくてぇ!」
「ピーちゃんさんが亡くなられたの三ヶ月も前の話でしょう」
「世界にとっては三ヶ月前かも知れないが、ウサーナの中では昨日の事なのだ!なんて冷たい発言なのだ!」
だから何だ。世間はあなた達基準に動いてないのよ?ウサーナさんの中で昨日の事?知ったこっちゃない。個人の意見はもちろん尊重されるべきだが、その前にやるべき事をやって欲しい。
要するに、つべこべ言わず宿題を出しなさい。
「ですが」
「うわーん!ピーちゃんが死んだのはどうでも良いっていうのね!あり得ないわ!ミランダ様は人の心が無いのですね!まるで鬼だわぁ!」
アレキルドは、ウサーナを抱きしめ、こちらを睨みつける。
嘘泣きもエセ紳士もいい加減面倒くさい。こうなったら仕方が無いわ。あれだけはやりたくなかったのだけど……やるしかなさそうね。
「うわーん!ウサーナさんに鬼って言われたぁ!人の心が無いってぇ!」
私の渾身の泣き真似に、アレキルドもウサーナもポカンと開いた口が塞がらない。ウサーナなんて泣き真似を忘れて、私の顔を食い入るように見つめている。
私の目元にはもちろん涙。……女優でもウサーナでもないので、瞳から水魔法を垂れ流しているだけですけど。
「何ですって!いくらウサーナ様と言えど、こんなこと許されませんわ!」
「なんて冷たい発言なのかしら!あり得ませんわ!」
私の友達が彼らとの間に立ち塞がるように現れる。
こんな茶番に付き合わせてしまって申し訳ない。――しかし、泣き真似って結構恥ずかしいわね。これをほぼ毎日やっているウサーナさんって、精神の太さ半端じゃないわ。さすがっす、ウサーナぱいせん。
「何やら楽しそうな事になっているじゃないか」
教室の扉が開き、一人の男子生徒が入ってくる。その声色。見るまでも無い。私の婚約者のイジーリ王子だ。王子は部屋全体をチラッと見た後、私の顔をのぞき込み、ニヤリと笑った。
イジーリ、後で校舎裏集合よ。
「なるほどなるほど。うちのミランダがウサーナ嬢とアレキルド君に泣かされたと」
「なっ!これは違うんです!ミランダ様が先にウサーナを泣かせて!」
「でも今は泣いていないではないか」
バッサリと切り捨てるイジーリ。
「第一、ウサーナ嬢、君嘘泣きだよね?」
「ひ、酷いですわぁ!」
イジーリの発言で再び泣き始めるウサーナ。再びよしよしするアレキルド。それを冷ややかな目で見るイジーリ。
「たくさん泣いているにしては目が腫れてないし、顔の色も変わっていない。たくさん泣いたら鼻水を流してもおかしくないのに、何故か涙だけ。おまけに常に涙がこぼれ落ちているときた。――ウサーナ嬢、君水魔法を瞳に使っているね。ごまかしても無駄だ。言い訳するなら魔力痕の検査でもしてあげよう」
へ!?あなたも!?
何よ。少し感心した私の純粋な気持ちを返して欲しいわ!
「それに比べて、見ろ!うちのミランダの泣き顔を!こんなに顔を真っ赤に腫らして!どれだけ心を痛めているのか!」
止めてください。注目させないでください。羞恥心で顔が赤いだけです。
……イジーリ、あなたわざとね。そのニヤけ面を止めなさい。本当に泣いちゃうんだから!
「ウサーナ……泣き真似なんて嘘だよな?」
「……あなたが甘やかすのが悪いのよ!アレキルド!だから私は!」
「なっ!俺が悪いってのかよ!なんだよお前!せっかく守ってやってんのに!」
「誰がいつ守ってほしいなんて頼んだのよ!いつも変な正義感振りまいて、気持ち悪いのよ!」
「なっ、なんだと!このクソアマが!」
アレキルドはそう言って、平手でウサーナの右頬をぶった。アレキルドの顔は真っ赤に染まり、ぶたれたウサーナの右頬も赤く腫れ上がる。
「グスン。あんた……やったわね!」
ぶたれたウサーナはすぐにアレキルドに飛びかかる。アレキルドの髪の毛を引っ張り上げ、拳を彼の顔にたたき込む。
「このゴミアマが!」
「腐れ野郎!」
殴り合いのケンカ。隣のイジーリは、凍った瞳でケンカを黙って見つめている。止める様子は無かった。
結局、教師が何事かと教室を訪れるまでの数十分間、彼らの醜い争いは続いた。
******
「結局二人とも謹慎処分止まりなんて、これだから学園は甘いんだよな」
「あんまり大きな声で言わないのよイジーリ。誰かに聞かれてたらどうするのよ」
「へいへい」
「へいは一回」
「へーい」
イジーリはニヤッと笑ってそう言った。
校舎裏での何気ない会話。なんだかんだ私はこの時間が好きだ。……イジーリには絶対言わないけど。
「まぁその、今回はありがとう」
「ん?何が?」
「……助けてくれたじゃない。嘘泣きをしてたとは言え、困ってたのは事実だし」
「本当にビックリしたぜ。だって部屋に入るなりミランダが泣いててさ。……嘘泣きだったから良かったものの、本当に泣いてたらあの二人に何してたか」
「何ボソボソ言ってんのよ?」
「な、なんでもねーよ!まぁ、とにかく、次何か巻き込まれたら俺を呼べ!全部解決してやっからよ!」
「うーん、まぁそうね。――考えとくわ」
私は顔をイジーリから逸らして、空を見上げながらそう答えた。少し赤くなっている顔を見られたくなかったのだ。
空には雲一つ無い青空が広がっていた。
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