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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

この騒がしい世界で

作者: 高半 希稲
掲載日:2026/02/27

今日も世界は騒がしい。

「せんせーバイバーイ!」

「ねぇ、新作リップ見に行かない?」

「課題だるー」

「んじゃ1時間後に俺ん家集合な」

きっと明日も騒がしい。

「あ、イドちゃんバイバイ!」

「イドちゃんまた明日ね〜」

「うん!また明日っ!」

ふと考えることがある。どうして人間は群れるのか。トイレ行くにも、移動教室にも、どうして連れ立って動くのか。ふと考えることがある。ここに私は本当に存在しているのか。なぜこんなにも場違いに感じてしまうのか。


「ただいまー!」

「おかえり叶芽。学校どうだった?」

「楽しかったよ〜。今日那海がさぁ」

家に帰ると母はいつも夕飯の準備をしている。

「おかえり。早く着替えてきなさい」

「すっごぉい!こぉんなにお得に買えるだなんてぇ!」

姉はリビングでテレビを見ている。今日はテレビショッピングらしい。

「はーい。夕飯まで部屋で課題やってるね」

部屋に入って制服から着替える。胸ポケットのネームプレートには井戸端 叶芽と書かれている。私の名前だ。確かに私の名前だ。私の名前であることに間違いはないのに、どうして違和感を感じるのだろうか。まじまじとネームプレートを眺めても何も変わらない。また何も分からなかった。


【夏澄 が ログイン しました】

『あ!かすみーん!やほほ!』

『お、かすみん』

『はーい、みんな大好きかすみんだよ〜』

『それは自意識過剰』

『うっせ、私より好かれてから言うこったな』

『俺だって好かれてますぅ』

『え、どこが??』

『はいはい、ほんとたくちゃんとお姉様は仲良いんだから』

『みぃさん!?私と誰が仲良いって!!?』

『いやぁ、かすみんてば俺のこと好きすぎるから』

『そういえば、こないだたくとさぁ、、』

『ご気分を害してしまい誠に申し訳ありませんでした夏澄様』

『夫婦漫才、、』

『黒姫違うからね!?』

『www』

現実では可愛い幼なじみがいて、クラスメイトとも仲が良くて。ネットでも色んな人と関わりがあって、楽しい毎日を過ごせている。優しい両親に、美人な姉、賢い友人。私は恵まれている。それでいいはずだ。何も不満などないはずだ。だというのにこの虚無感は消えてはくれなかった。


今日も明日も明後日も、同じ日が続いていく。そう思っていた。

『え、らべさんが、、』

『あのクソガキ許さん』

『ラベルがネトストねぇ』

友人の一人だったラベル。ある日、彼が友人の葵陽に対してネットストーキングしたことで日常が壊れていった。ラベル許さない派閥と中立派閥の二極化したネット世界はとても空気が悪かった。


「叶芽、かーなーめ、そろそろ起きないと遅刻するわよー?」

ネット世界の喧騒などお構いなしに現実は流れていく。制服に着替えて、リビングでご飯を食べて、学校へ行く。いつもと変わらぬ日常。

「かなちゃんおっはー!」

「おはよう萌奈」

「かなっちもなっちおっはー」

「那海おはよう、2人とも英語の課題やってきた?」

「げっ!!え、今日だっけ!?」

「アタシはやってきた〜」

「那海抜け駆けはズルいよ!」

「課題に抜け駆けもクソもないじゃんかよ」

「叶芽写させてぇぇぇ」

「もう、写したら萌奈のためにならないよ?」

「お願いいたします神様仏様叶芽様!」

「仕方ないなぁ。教えてあげるから休み時間に頑張ろう?」

「ありがとうございますぅぅぅぅぅ」

「かなっちマジ優しいな」

「ふふ、そんなことないよ」

くだらない会話で笑って、くだらないことをして遊んで、今日を過ごしていく。そうやって日々を浪費していく。


『めんどくさいからラベル関係全切り』

【ViVi が 脱退 しました】

『え、ViVi、、?』

『あら、ViViちゃん抜けちゃったか』

『ViViはごま帝都の時も全切りしてたし、無理もないか』

特に仲良くしていたViViと連絡が取れなくなった。それなのに何も感じなかった私は、既に壊れているのかもしれない。後悔は「後に悔む」と書く。確かにその気持ちを知っているはずなのに、なんの感情も湧かなかった。

「ここまでくると、私はほんとにあの子が好きだったのかすら分からないね」


「おはようお母さん。今日は萌奈と那海とテスト勉強してくるね」

「帰りは何時頃?」

「19時までには帰るよ」

「わかったわ。気をつけて行ってらっしゃい」

「行ってきます」

今日は雨だった。傘に落ちる雨音を聴きながら駅に向かう。改札をくぐり抜け、階段を降りる。直後視界が揺れて、階段がブレた。ドサッという音と、周りの悲鳴を聴きながら、私は睡魔に身を任せた。


ふと考えることがある。私は何が好きなのか。寝ることは好きだ。寝ている間は何も考えずに済むから。食べることは好きだ。食べている間は何も話さなくていいから。ふと考えることがある。私は何がしたいのか。幼い頃はパン屋になりたいと思っていた。祖父の店で働きたいと思っていた。今となってはそれが本気だったのかすら分からないが。ふと考えることがある。消えてなくなることができたら、どれほど楽なのか。


叶芽はあれから目を覚まさない。あの日、友人たちと勉強してくると言って出かけた妹は、雨で階段から足を滑らせて落ちた。医者によると、もう目覚めてもおかしくはないはずとのことで。両親はなぜ未だに目覚めないのか、なぜこんなことになったのかと泣き暮れる生活を送っている。でも、これで良かったのかもしれない。叶芽の笑顔なんて久しく見ていなかった。なのに病室に訪れるといつも穏やかな顔をしている。きっとこの子にこの世界は窮屈過ぎたのだろう。私は妹が作り笑いをするようになっても何もしてあげられなかった。他の人に至っては気づいてすらいないだろう。それくらい自然に作り笑いをするようになっていた。そろそろ延命治療をやめるように両親に進めた方がいいのかもしれない。何時だったかこの子の望んでいた、延命せず、なるべく穏やかに、痛さと苦しさとは無縁の死を迎えさせてあげた方がいいのかもしれない。きっとこの子はもう、私たちの元へ戻ってくることはないのだから。

「ごめんね、叶芽、ありがとう」


生きたくても生きられない人がいる。死にたいだなんて不謹慎だ。君が死ぬことで悲しむ人がいるんだ。そんな綺麗事ばかりの世界で消えたいと願った少女は悪なのか。そんな綺麗事ばかりの世界だからこそ消えたくなったのかもしれない。少女は今も暗く暖かな空間で睡魔と共にいる。少女が望み、満足している結果なら、それもいいのではないだろうか。尤も、綺麗事が好きな人からしたらよろしくない結果だろうが。

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