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第八話 何も起きなかった
――神奈川県
神奈川情報局・災害対策室
「奴が、行動開始しました」
大型スクリーンに表示されるのは、
秩父リニアライン駅、病院、港湾施設――
点が線になりつつある軌跡。
「余計な波風が立ちそうだな」
年配の局員が、コーヒーを置きながら言った。
「今のうちに、備えをしておきますか?」
若い分析官が確認する。
「災害が起きたときの……」
遮るように、局長が首を振る。
「防災準備なんてのはな」
一拍。
「使われなかった、という結果が一番いい」
画面の光が、無表情な顔を照らす。
「災害が、起きないのが最善だ」
分析官は頷いた。
「……では」
局長は、短く指示を出す。
「災害の芽は摘む」
声は低く、感情がない。
「何も起きなかった」
少しだけ間を置き、続ける。
「――これが一番だよ」
キーボードが静かに打たれ、いくつかの承認ランプが緑に変わる。
誰も拍手はしない。
神奈川情報局の仕事は、英雄譚を残すことではない。
後に残るのは、何も起きなかったという記録だけ。
それが、この県の流儀だった。




