第四話 山に残る重さ
視察団を乗せたヘリコプターが、NEO埼玉県庁上空でホバリングしながら高度を上げていく。
ローター音が、人工海の上で反響し、やがて風に溶けていった。
白い機体は、やがて雲の層へと吸い込まれていく。
サトシ・クボは甲板デッキの端に立ち、その様子を見送っていた。
潮風が、スーツの裾を揺らす。
山の県に生まれた男にとって、この匂いはいまだ異物だ。
「……さて」
誰に向けるでもなく、クボはつぶやいた。
「彼らは、我々に続くかな?」
隣に立つ部下――分析官が、慎重に言葉を選ぶ。
「彼らでなくても我々を“成功例”と見れば……続く県は出てくるでしょう」
クボは、なおも上昇していく機影から目を離さずに言った。
「無尽蔵の廉価電力」
「そこから生み出される人造燃料」
「廉価電力による工場生産農作物」
「海水抽出と海底からのレアメタル」
最後に、低く締める。
「それらが生む莫大な資金による技術そのものと、そのパテント」
部下は黙って聞いている。
「端から見れば――」
クボは、わずかに口元を歪めた。
「確かに、成功例かもしれんな」
部下が現実を突く。
「代わりに、敵も増えました」
クボは小さく頷いた。
成功すればするほど、欲しがる者と、恐れる者は増える。
東京都。
千葉県。
関東各県。
そして、日本国政府。
「技術は、盾にもなるが的にもなる」
クボは、視線を空から――
見えない山の方角へと落とした。
「さて……」
一拍置いて、静かに言う。
「そのプレッシャーに耐える気概が、山梨にあるかだな」
部下は答えなかった。
山は、動かない。
だが、動かないがゆえに、すべてを受け止めるしかない。
ヘリコプターの音は、完全に消えた。
その背後、
NEO埼玉の上空には、また一機、所属不明の空中迷彩ドローンが漂っていた。
それは、山梨の行く末ではなく、海上国家そのものを、静かに見定めている。
山に残る県と、海に出た県。
どちらがより重い選択をしたのかは、まだ、誰にもわからなかった。




