第十七話 観測者たち
NEO埼玉県庁、最深部。
外界の波音すら届かない会議室で、短いやり取りが続いていた。
「では――春日部空港計画は、認可ということで」
低い声に、異論は出ない。
「よろしく頼む」
資料が閉じられ、次の話題へ移る。
「川口での暴動はどうかね?」
「現在、潜入工作員により、暴動を誘導している対象の特定が進んでいます」
「そうか」
一拍。
「遠慮はいらん。ただし――表沙汰にはするな」
「承知しています」
そして、誰かが慎重に、もう一つの名前を口にした。
「……彼は、関わっているのかね?」
空気が、わずかに変わる。
「その様子はありません」
即答だった。
「この件に関しては、最初に確認しました」
「そうか」
安堵とも、失望とも取れる沈黙。
「それなら、ますます遠慮はいらんな」
会議室に、乾いた合理性が満ちる。
別の者が、続きを告げた。
「彼の行動と思われる一連の件ですが――分析が進み、傾向が見えてきました」
「ほう?」
「NEO埼玉を邪魔しようとする者」
「あるいは、将来的に障害となり得る者」
言葉が区切られる。
「そうした存在が、優先的に“消えています”」
誰も驚かない。
ただ、確認するように問いが返る。
「それでは……」
「はい」
報告者は、淡々と結論を述べた。
「彼は、NEO埼玉のために動いているように見えます」
「……そう見えるな」
だが、その直後。
「しかし」
誰かが言った。
「我々の中に、彼を呼んだ者はいません」
沈黙。
「公式にも非公式にも、彼に依頼を出した記録は存在しない」
「では、何故だ?」
会議室の全員が、同じ疑問を共有していた。
――誰のために動いているのか。
――誰の意思で、ここにいるのか。
NEO埼玉は、彼を利用しているつもりだった。
だが、いつの間にか――利用されている可能性を、否定できなくなっていた。
「……まあいい」
誰かが、静かに締めくくる。
「結果として、邪魔者は消え、計画は前に進んでいる」
「ブラックボックスの内部で何が起きていようと――」
「観測できる限り、今は“正常動作”だ」
その言葉に、異論はなかった。
ただ一つ、誰も口にしなかった前提がある。
ブラックボックスは、いつでも観測者を拒絶できる。
そしてそのとき、NEO埼玉が観測する側でいられる保証は、どこにもなかった。




