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悪役令嬢を流行らせたい!

「ねぇ、お兄様。『あくやくれいじょう』って知ってる?」

「あくやくれいじょう? 悪いことをする令嬢って意味かい? うーん、聞いたことないよ、シンディ」


 五歳上のお兄さまに、私は意を決して訊ねたのだけれど、返事は予想通りだった。


 

 私は一ヶ月ほど前に、前世の日本人だった時の記憶を思い出したの。

 

 この世界は乙女ゲームの世界だって気がついたのは、その時。私の婚約者が攻略対象の一人ね。

 最初に前世の記憶を思い出した時、私は狂喜乱舞したの。だって、まさか一番好きな乙女ゲーム「リ・エンゲージ」の世界に転生するとは思わないじゃない!

 目の前にある情報全てが攻略本なんて、幸せすぎる……!

 ちなみに私はハマると攻略本を隅から隅まで読み込むタイプなの。だから、この世界のことを知るために、そこからずっと公爵家にある図書室へと入り浸り、本を読み漁っていたわ。


 そこから一週間ほど読んで気がついたの。この世界には娯楽小説が少なくて、悪役令嬢という概念がないんじゃないかな? と言う事に。

 最初は公爵家に置いていないだけかなー? と思って、お父様に訊ねたの。最初は私が本を読んでいる事に驚いていたお父様だったけれど、そういう本は元々少ないんだって教えてくれたわ。

 

 お父様も言っていたけれど、物語と言ったらおとぎ話が載っている絵本とか、伝記とか、紀行小説のようなものばかり。

 

 シンディは『悪役令嬢』。私の中でその図式があったのだけれど……そもそも、日本と違ってこの世界にはやっぱり悪役令嬢という概念がないのだ。これ、すっごい困るんじゃない? ヒロインが!


 だから一筋の望みをかけて、私はお兄さまに訊ねてみたのだけれど……撃沈。

 

 あからさまにガッカリした私に、お兄さまは慌てたみたい。


「シンディの言う『あくやくれいじょう』って言うのは、どんな人だい?」

「うーんとね、金髪縦ロールで――」

「縦ロール……?」


 縦ロールの意味が分からないお兄さまに、「私の髪型の事だよ」と伝える。


「『おほほほほ!』って高笑いして――」

「……うん?」

「ヒロインを虐めるの!」

「ヒロイン……?」


 首を傾げるお兄様。ヒロインは物語の主人公だよ! と言えば納得してくれた。


「王太子様の婚約者である悪役令嬢はね、王太子様と仲の良いヒロインに嫉妬して虐げるの。最終的に悪役令嬢は、王太子様にその罪を暴かれて刑を受けて……そしてヒロインが最終的に王子様と婚約するんだ!」


 満面の笑みで話す私に、お兄様は唸った。

 そして何度か考えた末、私が傷つかないよう言葉を選んでくれているようだ。


「ねぇ、シンディ。貴族の婚約は家と家との結びつきだ。しかも王太子様と婚約だろう? もしそんな事が起きたら、その王太子様とヒロイン? が契約不履行で罰を受ける事になるはずだ」

「あっ……」


 お兄様の言葉で私は目が覚めた。

 そっか……この世界は日本のゲーム()()()世界であって、ゲーム()()()ではないのかも。

 

 悪役令嬢なんて本当はいない方が良いはずだ……そうだ、私が悪役令嬢になったら、追放されちゃうじゃない!じゃあ、悪役令嬢なんて概念はなくても良いんじゃないかな……。


 お兄様の話を聞いて、何となくそんな事を思っていたのだが、次の言葉で私はハッと思い至った。


「でも物語として読むなら面白そうだけどね。あ……最初は刺激が強いかもしれないなぁ」


 そうよ! 私は娯楽が欲しいのよ!

 この世界にだって、日本のような娯楽があっても良いじゃない!

 

 日本で描かれる悪役令嬢には、色々なキャラがいたわ……。本当に悪女に徹する悪役令嬢だっていたし、断罪を回避しようとする悪役令嬢もいたし、それで愛された悪役令嬢もいたわね。


 『悪役令嬢』の小説は奥が深くて――とにかく、最高だったの!

 この世界の人は誰もこの面白さを知らないのね……なんて……勿体ない!


 そこで私は閃いた。


 それなら、私が小説を書いて広めればいいじゃない! この世界に悪役令嬢を流行らせるわよ〜!


 


「シンディ、今日も書いているのかい?」

「ええ、お兄様」


 お兄様に悪役令嬢について訊ねてから六年ほど経った。

 お兄様は学園を卒業し、現在は王宮で王太子殿下の側近候補の一人として、仕事をされているの。

 私は来年からお兄様も通っていた学園に登園する事になるわ。

 

 あの時、私は八歳。そこから悪役令嬢を認知させるために、少しずつ動いてきたの。

 まず最初に考えたのは、どうやったら流行を作り出す事ができるか、という事。


 お兄様も言っていたでしょう? 悪役令嬢の物語は刺激が強いかもしれないって。私もそれは思ったのよね。

 

 友人が某有名な小説投稿サイトの読者で彼女が力説した話によると、最初は女性向けの作品も異世界転生モノが人気だったらしいの。そこから、婚約破棄・追放・ざまぁジャンルが増えたそうよ。そしてその派生で悪役令嬢モノが生まれたんだって聞いたことがある。

 

 そう、段階を踏んでいるのよ。いきなり悪役令嬢の概念を小説にポン、と載せたところで流行るかどうかは分からないのよ。

 

 流行でもテンプレがよくあったじゃない。


 婚約破棄は婚約破棄を告げた側がざまぁされる、とか。

 悪役令嬢ならゲームの知識で断罪回避、とかね。


 テンプレを知っている人は結構楽しく読み進める事ができるけど、一度も読んだことのない人がそれを読んで、理解できるかと言ったら、分からないわよ。


 そうねぇ。

 例えば、「お前と婚約破棄をする」っていう断罪イベントがあるでしょう?

 普通の貴族教育を受けてきているであろう、この世界の人々は、「公の場で婚約破棄をするはずがない」という常識を元々持っているわけ。

 いくら小説だとは言え、“いきなり王子様に糾弾されて退場させられる”なんて、前提を知らないと意味が分からないし……「そんな事あり得ないだろう」と思われて、読まれなくなる読まれなくなる可能性もあるからね。

 

 こちらの世界は、日本と比べて極端に娯楽が少ないじゃない?

 だから、悪役令嬢を流行らせるための積み重ねが必要だと考えたの。


 そのために最初に私は公爵家にある本を読み漁ったの。読んでいたら、お兄様も口添えしてくれて、お父様やお母様が自国の小説だけでなく、他国の小説も取り寄せてくれたわ。

 他国の小説は言語が違うから辞書を片手に調べながら読んだけれど、元々シンディのスペックが高いからか、五冊くらい読んだところで、辞書がほぼいらなくなったわね。ありがたや、ありがたや。

 

 ある程度読んだところで、この世界には女性向けの小説が少ないと感じたわね。他国も冒険章とか、紀行文とか、どちらかというと男性向けの作品が多かったわ。


 そこから私は執筆する事に決めたの。ただ最初に書く小説は、令嬢内で流行るような作品にしたい……。そこでお母様に感想をいただくために小説を読んでもらったの。

 

 物語のベースはおとぎ話のシンデレラ。

 この世界では、ガラスで靴を作る事ができないようなの。だから、そこは指輪にしてみたわ。まあ、ご都合主義、と言われても仕方ないところはあると思うのだけれど……。


 ただ、その内容がお母様の好みだったみたい。


 気づけばあれよあれよという間に、お母様の人脈によって私が書いた小説は広まっていったの。その広がり方と言ったら……。

 だって、お茶会で初めてお目に掛かったご婦人が、「あの小説良かったわ!」と目を輝かせて話しているのよ?

 

 誰だって驚くでしょう?


 幸いな事に、お母様は私が書いた事を伏せて話してくれていたみたい。私は自分が楽しむためにも書いてるから、もし急かされていたらうまく書ける自信もなかったもの。

 

 その後私の小説が人気を博していた事もあり、お兄様とお父様が私の作品を本にして売り出し始めたのよ。


 最初はそんなに売れないよ……と思っていたのだけれど、お母様の人脈の凄さを実感したわ。この世界では本は高価なモノ。下手すれば宝石と同等の価値がある、と言われるくらい。

 そんな本を刷るために、ポンとお金を出しちゃう公爵家の財力を私は見誤っていたわ。


 そして表紙に宝石をつけてさらに高価にしようとしていたお父様たちを止めたの。


 ――私は売れたいわけじゃない、みんなに小説の面白さを知ってほしいのだから。


 そう説得したら、お父様に言われたわ。「慈善事業だけでは、やっていけない事だ」って。

 本を作る上で、どうしても材料費に金銭が必要となる。お父様に言われて納得した私は、代わりに「本のランクを分ける」という方法を提案したの。


 例えば、上流貴族向けには豪華な装丁の“蔵書版”。中流貴族向けには、革表紙に金文字くらいの上品な仕様で“普及版”。

 庶民向けには、紙も簡素で挿絵が多めの“簡易版”。どちらかと言えば、絵本に近い形ね。


 最終的に「それならば」とお父様は了承してくださり、“蔵書版”の中でもランクをつける事に決まったわ。

 

 最初の十部は、特別な装丁を施した“プレミア蔵書版”。手作業で仕上げられた一点ものに近く、贈答品や家宝として扱われるほどの高級品。その後に続く二十部から百部は、プレミアほどではないけれど、それでも十分に高価な“特装蔵書版”として販売されたの。

 それぞれの階層に合った形で手に取ってもらえるように――そうして、少しずつだけれど本という文化が広がっていったのよ。


 そしてもうひとつ驚いたのは、貴族内で流行っているものって、あっという間に商人たちに取り入れられる事。


 結果、少しずつだけれど、本を読む人が増えてきて、識字率も上がっているらしいわ。

 特に庶民の間では、小説をきっかけに文字を学ぶ子どもや若い娘が増えてきているらしくて、出版部門が好調だとお父様が嬉しそうに話していたの。出版だけではなく、新聞のようなものも少しずつ売れ始めているんですって。

 本が“貴族の娯楽”から、“みんなの楽しみ”に変わってきているのを感じて嬉しいわ。


 そして知らないうちに、私の取り分も増えていたんだけど……それが一財産になっている事に私は気がつかなかった。



 今日も今日とて、私は原稿と向き合う。

 普段は部屋で執筆しているのだけれど、今日は気分を変えるために公爵家のガゼボで、周囲の花を見ながら執筆をしていたそんな時。


「ディー」


 聞き慣れた声が私の耳に入る。声の方を振り向くと、そこにいたのは私の婚約者であるヴァージルがいた。

 

「ジル? あれ、今日家に来る予定だった?」

「いや、そんな事はない」


 ジルは現宰相様の息子である……そう、攻略対象だ。

 この世界は「リ・エンゲージ」という乙女ゲームの世界、と言ったけれど、攻略対象はお兄様やジル以外にも何人かいる。私たちの代には第二王子殿下・騎士団長の息子や、国内を牛耳る有名な商会長の息子だったり、教会のお偉い様の息子もいるはずだ。

 今私が関わっているのは、お兄様とジルくらい……あ、一度だけ商会長の息子さんとも会った事がある気はするけど、主に関わっているのは二人かな?


 ジルは婚約してから、いつもふらりと私の元に来る。


「ジル、ごめんなさい。今日は締切が近くて……」

「知ってる。勝手に来ただけだから気にしないで」


 いつもこんな感じなのだ。

 ジルは常に表情が変わらないので、正直何を考えているんだろうっていつも思うの。リゲージ……あ、「リ・エンゲージ」の愛称なんだけど、リゲージの中のジルはこんなに悪役令嬢である私と関わっていないと思うのよね。

 

 ジルのルートだと、シンディはジルに一目惚れするのよね。で、シンディはジルにも愛して欲しいからって色々と頑張るの。けど、それが全部空回りでね……学園に入る前になると、ジルはシンディの事を嫌いになっちゃうのよ。

 学園では歩み寄ろう頑張るんだけど、すでにその時にはジルが心の壁を作ってしまっていたの。それを壊すのがヒロインなんだけど……。


 お茶を飲もうと思って顔を上げると、ジルは目の前で本を読んでいた。

 

 あれは私が最初に執筆したシンデレラもどきの本……。あ、ちゃんと題名はあるよ? 「召使い姫」って題名なの。前世の影響でシンデレラって呼んじゃうので、私はシンデレラもどきって言ってる。

 それよりも、彼が持っているのは“プレミア蔵書版”。世界に十部しかない、お高い本なのよ。それを我が家に持って来て毎回読んでるの。謎よね?


 静かにページをめくる彼を少し眺めてから、私は紅茶を口に含んだ。そして慌てて締め切りの近い原稿へとかじりついた。

 

 

「ディー」

 

 呼ばれて顔を上げる。

 周囲を見渡せば、既に太陽の光が赤く染まっていた。昼食後からここで書いていたので、結構な時間執筆していた事になる。ジルに声を掛けようとして、軽く体を揺らすと肩に掛けられた何かが落ちる。肩から下ろして広げてみると、それはジルの上着だった。


「ジル! 貴方こんな遅くまでいて、大丈夫だったの? それにこの服……」

「ああ、寒そうだったから掛けた」


 私が持っていた上着をジルは受け取り、袖を通す。

 

「お陰で執筆が捗ったわ。ありがとう。けれど……貴方は寒くなかった?」

「問題ない」


 ジルの青く透き通った美しい瞳に見据えられて、私はいつも呑まれそうになる。

 彼の手元には私の本ではなく、何かの書類が置かれていた。たまに長居する日は、本だけでなく何かの書類を持ってくることも多い。一度、この屋敷に持ってきても良いのか、と訊ねると「大丈夫だ」と言われたので、見られても問題ない書類を持ってきているのだろう。


「それよりディーは終わったのか」


 そう訊ねられて私は首を傾げる。


「締切が近いと言っていただろう?」

「ええ。お陰様であと終わりを書くだけだから、締切には間に合うと思う」

「そうか、良かった」


 そう言って少しだけ口角が上がるジルの表情を見て、私はいつも見惚れてしまう。

 実は、ジルってリゲージの中で一番好きな攻略対象なのよね。顔立ちも勿論なんだけど、無口でミステリアスな男性が私の好みなのよ。基本無表情の男性が笑いかけてくれるって最高よね!

 これでも淑女ですから……そんな感情は表に出さず、微笑む。

 するとジルは少し目を見開いた後、すぐに私に背を向けた。


「また来る」

「ええ、楽しみにしているわね」


 ふふ、まるで恋人ね……なんて、ヒロインみたいなことを思ってしまった私は、きっとまだまだ乙女なのだろう。

 

 

「そういえば、いつからディーって呼ばれていたかしら?」


 ジルと別れ、夕食後。

 私は自室で侍女のバーサに髪をとかしてもらっていた。彼女は幼い頃から私の専属侍女で、歳は五歳ほど上なのだけれど、個人的には侍女というよりは友人だと思っている。小説で詰まった時は、バーサに助言をもらう事があるのだけれど、その指摘が結構鋭いのでいつも助るのだ。

 思わず声に出して呟いていた私に、バーサは答えた。


「ヴァージル様がシンディ様を愛称で呼び始めたのは、お嬢様が二冊目の小説を執筆していた頃だったと思いますよ? えーっと、確か……あっ! お嬢様が怪しい踊りをされていた後からだと思いますよ」


 手をぽん、と叩きながら話すバーサに、私は首をひねる。


「え、怪しい踊りなんてしていたかしら?」

「お嬢様、覚えていらっしゃらないのですか? ほら、小説の次の展開が思い浮かばないと仰られて、赤い絨毯に黒インクで円陣……幾何学模様を描いたじゃないですか。お嬢様はその後に膝立ちして、『ネタよ降りろー』と叫んでいましたよね? しかも体を上下に動かしておりましたから、かなり躍動的でしたよ?」


 記憶にある。

 一冊目の「召使い姫」が流行った後、それと似たような作品を執筆していたのよね。でも、途中からシンデレラの内容に似てきてしまったから、『どうしたら良いかな』と悩んだ末に、日本で言う「神頼み?」みたいなものをやってみたらどうか、と思ったのよ。

 バーサの言う通り、魔法陣を描いて膝立ちしながら両手を天に掲げていたわ。あれは我ながら、見てはいけない儀式だったと思う。

 まあ、ジルに見られたのですけど……。

 

「あの時のヴァージル様は、目が飛び出るんじゃないかと思うほど、目を大きく見開かれておりましたね。お嬢様のおかしな動きに呆然となさってましたわ。あの後からだと思いますよ」


 あの時はジルに大変申し訳ないことをしたと思う。

 だってねぇ、黒インクが顔中に付いていたまま、私はお祈りしていたのよ。ジルが私を訪ねてきていた事にも気がつかなかったし……。あの時は必死だったから、結構酷い顔をしていたんじゃないかしら?

 でもジルも笑いを堪えていたのか、顔が歪んでいたからお互い様よね。

 

「後は隣国の『婚約破棄』事件の小説を書こうとされていたのも驚かれていましたわね」

「あれは『婚約破棄』と『悪役令嬢』を広めるチャンスかと思ったのよ!」


 そう!

 起こらないだろうと思っていた婚約破棄が……! まさかの隣国で起こった時には驚いたわ。しかも婚約破棄された令嬢は、私の昔馴染みのクレアだったし。

 クレアは隣国の公爵令嬢で、第三王子と婚約していたのよ。公爵家は一人っ子だったから、第三王子は入婿となる予定だったのだけど……なんと、庶子の男爵令嬢と一線を超えてしまったらしいの。

 クレアと第三王子との仲は普通だったらしいのだけれど……その男爵令嬢に引っ掻き回された事で、関係がぎこちなくなってしまったようね。彼女は指示していないけれど、物が壊されたり、暴言を吐いたり……はあったみたい。

 最終的に第三王子は男爵令嬢の言葉を信じて、学園のパーティで婚約破棄を宣言したらしいのだけど、どこの乙女ゲームよ。

 それよりも――。

 

「クレアがここに来た時は、驚いたわね……」

「ええ。まさか『自分をモデルにした小説を書いてもらえないかしら?』って満面の笑みでお嬢様に声をかけるとは……」

「あの時のバーサ、目が真ん丸だったわね!」

「……不覚でした」


 いや、私もまさか当事者が嬉々として話に来るとは思わないじゃない? バーサも驚くのは無理ないわ。

 勿論、クレアに取材したわ。某有名小説投稿サイトも、最初は婚約破棄が流行したものね! このチャンスを逃しちゃいけないと思ったのよ。


 クレアは私に話した後、満足そうに隣国へ帰って行ったわ。まあ、片方の話だけじゃ小説は書けないと思って、実は第三王子にも話を聞きに行ったんだけど……そう言えば、その時もジルが一緒に来てくれたわね。

 その時に魔物の群れに遭遇したのだけれど、あのジルが剣を持って魔物を倒していたのよ。格好良かったわ!


 ……あれ、ジルってゲーム内だと、頭脳特化型じゃなかったかしら……?


 それは置いておいて、最終的にクレアは私の小説の出版を隣国の国王陛下に認めさせて、発行したのだけれど……なんと大流行!

 そのノリで幾つか話を執筆して出版したら、売れに売れたのよ。その頃から出版社にファンレターが届くようになって、私も楽しく読ませてもらっているわ。

 私が手紙のことを思い出してニヤニヤしていると、バーサがため息をついた。


「あとは、お嬢様が冒険者の方々を呼ぶ! って仰られた時にも遠い目をされていましたね。お嬢様はヴァージル様を振り回しすぎていると思います。小説の執筆のために街を見たい、といきなり言い出してヴァージル様を連れて行ったり……お嬢様が冒険者になりたい、と言い出したり……」

「あ、はははは……」

 

 そんな事もあったなぁって思った。

 本格的に冒険モノの小説を書きたいな、って思ったのはジルが私を助けてくれた時ね。元々、漠然とは考えていたんだけど……。


「お嬢様は、以前から『冒険者が主人公の小説を書いてみたい!』って仰っていましたよね?」

「ええ! 冒険モノはロマンよね!」


 女性向けの小説以外にも、最近冒険モノを一冊出版したのよね。冒険者の方々に話を聞いたのもそうだけれど……彼らの仕事に同行できたのが、ありがたかったわ!

 あの時はバーサも護衛の一人として来ていたのよ。


「そういえば……一度冒険者の皆さんに同行した時、ジルも来たじゃない? 冒険者の皆さんが、ジルの顔を見た時に驚いていたけれど、あれは何だったのかしら?」


 ジルの顔の良さに驚いたような感じではなかったのよね。私が首を傾げていると、バーサは「ああ」と声を漏らした。


「ヴァージル様は冒険者として登録されておりまして、上位のランクを実力で獲得しております。ここ周辺では、あの方の名前を知らない冒険者はおりません。そんな有名な冒険者が実は高位貴族だったと聞いて驚かれたのでしょう」

「そうなの、ジルが冒険者……ってそれ本当なの?!」


 私はバーサの言葉に声を荒げた。バーサはなんて事の無いように言う。


「ええ、特に剣捌きと弓の命中率が高いそうですよ。冒険者ギルドでは仕事を安定的にこなす冒険者として一目置かれているようですね」

「知性派がいつの間に知性派戦士に……?」

 

 やはりゲームの世界ではなく、似た世界なのね。

 まさかジルが知性派戦士になっているとは思わないじゃない……確かに体を鍛えているのは知っていたけれど。


 そもそも悪役令嬢である私が、前世の記憶を思い出したのよ。その時点で似た世界、なのは当たり前よね。

 ……まあ、これは考えても仕方のない事ね。それよりも――。


「幸いな事に、私の書いた小説を読んでくれている読者さんが多いのは嬉しい事だわ」

「そうですね。最近出版した『悪役令嬢よ、大志を抱け』は大流行しておりますし……出版社にも読者の皆様から届いた手紙が大量にあるそうですよ? それに、お嬢様の作品を読んだ他の方が、出版社に小説を持ち込んだという話もあるようです」

「ふふふ、少しずつだけれど、私が昔掲げた目標に近づいている気がするわ」


 『悪役令嬢』の小説の奥深さ……この面白さをこの世界の人たちに伝えられていると信じて。



 だから、私は忘れていたの。


 この世界はあの()()()()()()()()()()、だと言う事に――。



 

「シンディ・オールブライト! お前の罪――今ここで裁かせてもらう!」


 学園に入学して一年目の終業式の日。

 私は断罪されていた。


 目の前には、この国の第二王子殿下と騎士団長の息子、教会のお偉い様の息子。彼らはまるで私が、本当に断罪されるべき悪人であるかのように、絶対零度の視線で睨みつけていた。

 殿下の後ろにいるのは、彼らと懇意にしている男爵令嬢……つまりリゲージのヒロインね。彼女は子リスのようにブルブルと震えているけれど、顔には優越感が滲んでいる。


 でもよく見たら、ジル様はいないのね? ああ、そう言えばジル様は「用事がある」と仰っていたような――。


 そこまで考えて、私の思考は途切れた。殿下が大声で叫んだからだ。


「お前はリタの私物を壊し、彼女だけをお茶会から外し、陰で暴言を繰り返していたそうだな? そんな卑劣な真似、許されると思っているのか?!」


 ……全く身に覚えがないのだけど。そんな暇があったら、私は小説を書いてるわ。


「殿下、お訊ねしてもよろしいでしょうか? なぜ、私がそんなことを?」


 首を傾げて訊ねれば、殿下は「よくぞ聞いてくれた!」と言わんばかりに胸を張り、得意げに私を見つめた。


「私の婚約者であるスカーレットとお前は仲が良いだろう? スカーレットは現在留学でいない。そんな時に私たちと共にいるリタを見て目障りだと思い、いじめたのではないか?!」

 

 流石に無理矢理すぎない?

 多分ヒロインはハーレムルートを目指していたのね。けれども、リゲージとは大分変わっていたんじゃないかしら?

 悪役令嬢候補の一人であったスカーレット様は留学しているし、ジル様がここにいない、という事はヒロインと恋に落ちなかった、という事でしょう。

 私を選んだのは、スカーレット様の次に爵位が高いからかしら?

 

 ここでジルがあちらにいれば「嫉妬で」とでも言えたのでしょうけど……いないからその手を使えなかったのね。

 

「……殿下。それはつまり、私がスカーレット様の“代理”として、わざわざいじめをしていたと?」

「そうだ!」


 皮肉が通じない。殿下は私の話を言葉通りの意味で受け取っている。ここまで頭の悪い方だったかしら……。

 周囲をそれとなく見回すと、殿下の話に嫌悪の表情を浮かべている者たちが多い。やっぱり皆さん、おかしいなと思いますよねぇ。


 でも、ヒロイン親衛隊の三人は私の話を聞いてくれる様子はない。


 ……どうしようかしら?


 ため息をつきたくともつけないこの状況に私は困惑していると、背後から扉の開く音が聞こえる。誰かがこの部屋へと入ってきたのだろう。


「ヴァージル様!」


 ヒロインが喜色満面に叫ぶ。あら、入ってきたのはジルだったのね。


「ヴァージル、待っていたぞ!」


 殿下とお付きの方たちも、それぞれジルに向けて声をかけている。皆さん、先程よりも声の調子が高いような気がするわ……もしかしたら、ジルもヒロイン側だったのかしら?


 本当にどうしようかしら? と冷や汗が出てくる。


 これでもし国外追放と言われてしまったら、小説が書けなくなるじゃない……あら? 最悪クレアの元へ行って、そこで書けばいいかもしれないわ。

 小説はペンネームなのだし、売り出すのもクレアに手伝って貰えばいいのよ。


 殿下直々に、素晴らしいネタを提供してもらっているのだから!


 そんな表情が出てしまっていたのかもしれない。こちらを一瞥したジルは、目を細めて私を見る。まるで、何かを見透かすような目。

 しかしすぐに殿下へと向き直り。ひとつため息をついた。


「殿下。確認ですが、あなたは“シンディ・オールブライト公爵令嬢がリタをいじめた”という話を本気で信じておられるのですか? 馬鹿馬鹿しい」


 周囲の者たちはジルが投げかけたその言葉に、同意する。まあ、そうよね……殿下の理論は破綻していたもの。証拠もなかったし……。

 ジルの言葉に最初は呆然としていた殿下だったけれど、意味を理解したのか顔が真っ赤になっていく。


「馬鹿馬鹿しいだと……!? どういう意味だ、それは!」


 捲し立てて声を荒げる殿下だったが、ジルはその言葉を受け流した後にまた話を続けた。

 

「そのままの意味ですよ。殿下、『婚約破棄のススメ』『悪役令嬢よ、大志を抱け』という小説をご存知でしょうか?」


 ジルの質問に、殿下は目をまたたかせる。意表をついた質問だったのだろう。他の三人も同様に、首を傾げている。


「ああ、知っている……王妃陛下の愛読書だが……それが何か?」

「私もその本、読みました! 面白かったです!」


 殿下の言葉の後、ジルへとアピールしたいのかヒロインが満面の笑みで声を上げた。ジルはヒロインの言葉に返事する事なく、話を続ける。


「そうですか。その王妃陛下の愛読書を執筆しているのは、シンディなのですが。彼女は誰かを陥れるような下らないことに時間を割くくらいなら、黙々と執筆に励みますね」

「……え?」


 誰が声を出したのかは分からない。それほどまでに、場の空気は凍りついていた。


「うそ……悪役令嬢が小説なんて……そんなの、聞いてない! リゲージには……そんな設定、なかったはずなのに……!」


 あら、ヒロインは『リゲージ』という言葉を知っているのね。つまり、彼女は転生者かしら? そんな事を考えていると、ジルが物騒な事を言い始めた。


「むしろ彼女にとって煩わしい虫となりうる者は、例え誰であろうと私が駆除いたしますので」


 ジルの言葉にヒロイン側は誰も声を上げられない。彼の声が本気だったからだ。引き続き、静寂に包まれるかと思った会場内だったが、それを破るかのようにある令嬢の声が響く。


「シンディ様はもしかして……あの『レディ・C.S.先生』なのでしょうか?!」


 その声に続き、あちらこちらから興奮した声がどんどん上がってくる。

 

「『婚約破棄のススメ』読みましたわ! あのボンクラな令息をスパッと断罪する主人公……格好良かったですわぁ……」

「『悪役令嬢よ、大志を抱け』も素敵でしたわよ! 貴族の誇りを胸に抱いた主人公の活躍……憧れますわ!」


 私はその声にぽかんと口を開けた。淑女教育が始まってから、久しぶりに感情が顔に出たんじゃないかしら?

 私の周囲には、先程まで周囲で見守ってくれていた令嬢たちが集まってくる。


「親子共に全シリーズ読んでおりますわ!」

「この間、出版社に手紙をお送りしましたの!」

「新作、楽しみにしておりますね!」

 

 完全に断罪の空気は離散し……私が気がついた時には、いつの間にか殿下たちはいなくなっていた。


「あの……よろしければサインをいただけませんか?」

「あら、抜け駆けはよろしくなくてよ!」


 

 ……どうしてこうなった?


 私は心の中で叫びつつも、なんだかんだでこの騒動も悪くないのかもしれないと思った。

 拙作を読んでいただき、ありがとうございます!

 

 「ヒーローの好意に全く気がついていないヒロインの話を書きたい + 悪役令嬢という言葉を流行らせたい」というテーマからこの作品が仕上がりました(*´꒳`*)


 恋愛パートは少なめで申し訳ございませんが……楽しんでいただけたら幸いです。


 ブックマークや評価等いただけると嬉しいです! よろしくお願いいたします( ´ ▽ ` )

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