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闘ノ月、恵ノ週、健ノ日 未明
/結界封印都市ヒモロギ
尾居土宿舎 五号棟 六階 六一三室
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「くぁ……」
ヒミコは自室で目を覚ました。
まだ日も昇りきっていない。
かなり早めの起床である。
「あう……おう……もののふ……っ」
訳のわからぬ呟きと共に屍人の如く室内を徘徊するヒミコ。
まだ寝てていい時間とすら気づいていない。
この女、朝に弱いのだ。
おまけに汚部屋を作る習性があり、借りて間もない宿舎でも一月と経たぬうちにゴミやら何やらで足の踏み場もない状態にしてしまう。
「あー……あー、あー……うー……」
そんな中を、寝惚け眼の覚束ぬ足取りで彷徨っているのだ。
今にも躓き転倒するのが目に見える。
だが――意外。何も起こらない。
「おー……ろー……もー……」
ヒミコはそのまま窓際に辿り着き、屍人が生者に縋りつくような動きで窓掛けを開けた。
分厚い雲が広がっている。もしかしたら今日は一雨降るかもしれない。
それでも東の空では雲の切れ目から橙色の朝日が幽かに覗き、暗い室内をいくらか照らす。
「ぼろろけひめ……」
ここにきてようやく、ヒミコの頭が一割ほど仕事を始める。
下着に襦袢一枚のしどけない姿だ。
まずは服を着よう。
巫女装束。ツクヨミ配給の。
どこだ。どこにある。
……おかしいな。
ない。
いつも適当に脱ぎ捨て床にほったらかしにしているのに。
だが今日は、どこを見ても何もない。
巫女装束どころか――ゴミひとつとして。
「 ⁉ 」
完全に覚醒した。
「どこだここは⁉」
思わずそう声に出さずにはいられぬほどの……別世界。
そう、まさに別世界であった。
ゴミひとつとしてない?
否、それどころではなかった。
室内は完璧に整理整頓が行き届いた上で、さらには見たこともないような家具や装飾品で彩られている。
いつの間にやら洒落た小机が持ち込まれ、その上では異海急須が湯気を昇らせていた。ちなみにヒミコは緑茶派である。異海茶は好きでない。
次。壁。壁紙ごと張り替えられている。たった一晩にして。しかも高そうな時計や名前もわからぬ飾り物がしれっと我が物顔で掛けられている。
いや――それだけではない。
「な、なんだこりゃ……?」
丁度、壁の中央。一番おいしい位置に何やら額縁のようなモノが吊り下げられている。
〝額縁のようなモノ〟という曖昧な表現は、その上から器用に幕が掛けられていたためだ。
まるで。
とっておきの贈り物でも出し惜しみしているかのように。
「………。………………。………………………。」
嫌な予感がする。
というか嫌な予感しかしない。
それでもヒミコは意を決し、一息に幕を取り払った。
するとそこには。
「……マジかよ」
額縁。
やはり額縁である。
それも結構大きい上に高級そうな。
当然。
額縁である以上、そこには中身が入っている。
絵画。そう、絵画だ。もう少し分類して言うと――人物画。
「うへぇ……」
対象はヒミコである。
ありえないくらい美化されていた。
目はどこまでもキラッキラ。髪に至っては溢れ出さんばかりの毛小皮でほとんど銀髪じみていた。
極めつけは表情で、絵の中のヒミコはなんと聖母のような穏やかな微笑みを浮かべている。でもって背景の鳥や花たちと楽しそうにキャッキャウフフしていた。
正直。
吐き気を催すほど邪悪な悪意でもなければここまで真逆に描けないのでは、と思わせるくらいには何もかもが現実とかけ離れた幻想であった。
「――!」
その時、ヒミコがふと気配を感じ取る。
即座に扉へ。下着に襦袢一枚だが、ええい構うものか。
そのまま勢いよく扉を開ける。
そこにいたのは――、
「てめぇ……!」
やはり。ユイナ。
方波見ユイナ。
理由は知りたくもないが、ヒミコのモノと思しき巫女装束を大切そうに胸に抱えている。
「あ、あ、あ――ッ!」
しばし言葉を失うユイナ。
……随分と血色がいい。顔がテカテカだ。なんだかやたらと甘い匂いもする。
ユイナはそのまま金魚のようにパクパクと口を開いては閉じを繰り返していたが、やがて首から耳まで林檎のように真っ赤になると、クワッと視線を新たにヒミコへ合わせ、今にも輝きださんばかりの笑顔で言い放つ。
「ぐ、偶然ね。ヒミコ」
「ウソをつけ」




