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同日 同刻
/結界封印都市ヒモロギ
ツクヨミ 対鬼戦闘司令本部 西門
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黄昏時に吹く生温い風がヒミコの頬をくすぐった。
長い黒髪が夕陽で煌めき、そよ風の中を泳いでいる。
身に纏った白衣と緋袴が、彼女の幻想を一層際立てていた。
なんとも美しく、そして儚い光景である。
後ろから眺める限りでは。
「……っ」
前からぐるりと回り込んで見てみれば――不機嫌そのもの。
ほとんど狂犬じみた顔つきである。
せっかくの精緻な造りの顔は、寄りに寄った眉根と力の限りの歯ぎしりで台無しだった。
ヒミコがこうも機嫌を損ねている理由はただ一つ。
(仕留め損なった……!)
それである。
あの時、〈アマテラス〉は確かに御幣で鬼の〝三ツ角〟を捉えた。
しかし……窮地においてなお、敵は一枚上手を行った。
再度の鬼門形成からの迅速な撤退。
後から本部で聞いた話によると、これまで一度として鬼が退くことなどなかったらしい。
それをあの土壇場で、一切迷わず実行した。
敵ながら実に冷静な判断である。
ミヅキやシマメ曰く〝鬼が賢くなった〟証らしい。
二人の沈んだ顔色からどれほど深刻な事態かが見て取れた。
『はぁ……』
――奇妙なことに。
意気消沈していたのはミヅキとシマメだけではない。
ヒミコの隣りを歩くハクもまた、小さな肩をがっくりと落としていた。
『たべそこねた……せっかくのごちそうだったのに……はぁ』
よく聞けば先ほどからそのようなことばかりをブツブツと呟いている。
食べ損ねた……?
何をだ? 朝から気に入っている握り飯のことか?
いや、そんなはずはない。今まで〈アマテラス〉に乗って戦っていたのだ。食事の暇などない。
(まさか……)
鬼か?
あの禍ツ忌ノ鬼のことを言っているのか?
食べ損ねた、と。
(おい、お前――)
ヒミコがハクに疑問を投げかけようとしたその時、
「神越……ヒミコ」
唐突に。呼び止められた。後ろから。
ヒミコは即座に振り返る。
そこにいたのは――
「……またてめーか」
金髪巻き毛、金糸雀色の瞳の少女。
方波見ユイナだ。
ただならぬ雰囲気でキッとヒミコを睨めつけている。
「そういえばてめーには色々と借りがあったよなぁ……!」
〝コレが片付き次第、〆に行く〟――ヒミコは出撃前の決意を思い出した。
途端、身体から立ち上る怒気。
鬼を討ち損じて業腹だったのもあり、ヒミコはいつもより余計に攻撃的である。
松竹梅の三人娘なら目があっただけで回れ右したであろう威圧感だ。
「ヒミコ……」
だがユイナも然る者。
片時もヒミコから目を離さぬまま、さらには一歩、また一歩と歩みを進めてきた。
「へえ、やろうってぇのか。アタシと」
「……そうね。そういうこと」
ヒミコは毛ほどもこの状況を危険視していなかった。
これまでの戦いぶりを見るに、ユイナが得意とするのは御札を用いた中距離特殊戦闘。
この距離で、ましてや真正面からで、自分が負けるはずはない。
そう確信していた。
(……ハン、少しでも殺気を出してみろ)
その瞬間、畳んでやる。
ヒミコはそう決め、ユイナの動きを待った。
……だが。
いつまで経ってもユイナは戦闘態勢に入らない。
ただ、こちらに向かってくるのみだ。
ゆっくりと。
一歩ずつ。
それなのに――、
(なんだ……⁉)
不意にヒミコは嫌な予感に襲われた。
ユイナが近づく度に、加速度的にソレは膨張していく。
ジリジリと、ジリジリと、肌が焦げつきそうな危機感が加速度的に増していった。
(何をするつもりだ……⁉)
だがやはり、ユイナは何もしてこない。御札を構えることさえなかった。
ただ、近づくだけ。
一歩、二歩とヒミコに近づいてくるだけ。
顔を俯かせたまま。
――そして。
とうとう。
すぐそこへ。
互いの息遣いすら掴めるすぐ近くへ。
(やばい――!)
ヒミコは訳も分からぬまま、懐の御幣に手を伸ばした。
だがそれよりも早くユイナが動く。
真っすぐに。
ヒミコの唇へと向かって。
(はぁぁぁぁああああぁぁぁあああああッッッ⁉⁉⁉)
結論から言おう。
ユイナがしたのは〝接吻〟だった。
それも。
れろんれろんに舌が這入り込む。
所謂〝深ーいヤツ〟であった――。
~第七話 異海から来た少女 完~




