05
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同日 正午
/結界封印都市ヒモロギ
高等巫術学校 北校舎 屋上
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いい天気だった。
青い空に浮かぶ白雲が燦々と陽の光を照り返している。
頬をくすぐるほんのりと冷たいそよ風が心地いい。
夏の匂いは頼りないほど儚げで、季節は秋へと移ろいつつあった。
『もひとつちょうだい』
「おらよ」
ヒミコは握り飯をハクに差し出す。
今は午前の訓練が終わり昼食の時間だ。
高巫の大食堂を使うのも手だが、何せ混む上にうるさいので、ヒミコはこうして屋上で食べることが多い。
緋袴で直に尻をついた横には、配給の弁当や握り飯が山積みになっていた。
『ここはしずかでいいね』
「ん……まぁ、そうだな」
辺りに人はいない。
ヒミコとハクだけだ。
遠くに聞こえる喧騒が一層この場の途切れた空白を強調している――。
「 ~~っ! 」
と、そこへ。
いきなり勢いよく扉が開かれた。
「……何やってんだお前」
ルリカである。
弾丸のような速さで飛び込んできた。
「……っ!」
ルリカは指を立て声なき声で〝しぃーっ!〟とすると、恐る恐る辺りを見回す。
そうっと扉を閉めてキョロキョロキョロ。
よし、誰もいない。
そこまでやってようやく納得したのか、ルリカは糸の切れた人形のようにへたり込んだ。
「いや、だから。何してんだよお前」
「……見ればわかるだろう。逃げてるのさ」
「逃げるって……誰からだ」そこまで口にして思い当たる。「もしかして、朝の金髪女か?」
「……ああ」
ルリカは真剣な面持ちでゆっくりと頷いた。
顔面は蒼白で身体はプルプルと恐れ慄いている。
まるで敵前逃亡をはかった新兵のように情けない姿だ。
普段の威風堂々としたルリカからはおよそかけ離れている。
「何があったんだお前。あの方波見とかいうヤツと」
方波見ユイナ。
金糸雀色の目をした少女。
朝からその名ばかりがあちこちで囁かれていた。
「……やばいんだよ」
「は? ヤバイって何が」
「だから。やばいんだよ、アイツだけは……本当に……!」
ルリカは今や頭を抱え、ガクガクと身を震わせていた。
奇妙な態度である。
ヒミコの知る限り、ルリカは高巫――いやさツクヨミ全体で見ても相当な手練れだ。
大抵の相手なら面倒事が生じても腕っぷしで解決できるだろう。
というかコイツの外面の良さを踏まえれば、そもそもそういった問題すら起こさせないはずだ。芽を摘むどころか種の段階で早々と手を打っていても不思議ではない。他人との調和を何よりも重宝する女なのだ。
だというのに、何故――?
とヒミコが訝しんでいたその時、
「な……⁉」
ルリカが青い目を見開く。
それもそのはず。
脈絡もなく〝スタッ〟と着地の音がした。
目の前で。ルリカとヒミコの目の前で。
「………。………………。………………………。」
ユイナ。方波見ユイナ。
まさしく今、話題にしていたその人である。
どうやら一階からここまで跳躍してきたらしい。
ルリカを追って。
「あなた――」ユイナが金糸雀色の瞳に冷気を纏わせる。
「え、アタシ?」何故かその矛先はヒミコに向いていた。
「ルリカに、何をしたの」
「は? 何をって――」ヒミコは困惑と共に隣を見遣る。
ルリカは。
口端からブクブクと泡を吹き白目を剥いて気絶していた。
「……いや、何もしてねーよ。アタシは」
「嘘よ。でなければルリカがこんな醜態を晒すはずないわ」
「だから。知らねーって。お前が来たらこーなってたんだって」
「……ふぅん、そう。あくまで白を切るつもりね」
「おい。人の話を聞けよ」
「いいわ。遅かれ早かれ、こうなると思ってたから」
言うや否や、ユイナは懐から御札を取り出し、黄色い霊気を纏わせる。
(コイツ……⁉)
――本気だ。
本気で殺しにかかってきている。
「クソが……!」
弾丸のように飛来してきた御札がヒミコの白い頬を掠めた。
つうっと流れる一筋の血。
ここまで剥き出しの殺意をぶつけられ黙っていられるヒミコではない。
敵だ。
コイツは敵なんだ。
瞬時に頭を切り替え、御幣を抜いた矢先――
『黄泉比良坂に活性化の前兆あり! 総員、直ちに戦闘配置につけ!』
ヒモロギ中に大音量で警報が鳴り響いた。




