01
╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━╋
闘ノ月、恵ノ週、佳ノ日 正午
/譜ノ国 丸瀬由沖 第二七海区
巡洋艦 瑠盆号 甲板
╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━╋
異海。
大緋帝國の本拠列島を取り囲む華海と緋海のさらに外側に位置する海である。
異海に住む人々にしてみれば大雑把極まりない定義だ。現に彼らの言語では明確に異海は細分化され、それぞれに歴史と伝統に基づく固有名詞が存在する。
だが。
百三〇年前、緋ノ国が第三次異海大戦を制し大緋帝國を名乗るようになって以来、そのような歴史と伝統は片隅へと追いやられ、今では一方的に割り振られた無機質な数字だけで管理されていた。
第二七海区。
異ノ国々の一角、譜ノ国に隣接したこの青き海もそうだ。公には宗主国から植民地に貸し与えられた領海、という扱いになっている。
譜人たちにすればこの上ない屈辱だ。戦後間もなくして頻発した反乱の中には〝このままでは散っていった英霊たちに申し訳が立たぬ〟とする大義を掲げた一派もいる。
否――いた。
しかしそれらの者もまた、すぐに先祖の霊たちの下へと旅立っている。
大緋帝國の徹底した反乱分子の殲滅は、狼たちから牙を抜き、従順な愛玩動物へと変えるのに十分だった。
故に今では譜ノ国に限らず、異ノ国々のどれをとっても帝國に表立って抗する者はまずいない。
彼らにとって、大緋帝國とは力の象徴そのものであり、その最大戦力たる緋ノ巫女は恐怖の権化に他ならなかった。
――だから、かもしれない。
「……ふぅ」
譜ノ国の有する巡洋艦、瑠盆号。
その甲板で一人、絵を描く少女を、兵たちは恐々と遠巻きに見ていた。
バケモノめ――口に出さずとも思いは一つ。そのような視線だ。
彼女には、彼らと同じ譜人の血も流れているというのに。
「やっぱり………………描けないのね」
少女、方波見ユイナは空白の帆布に物憂げな溜息を吐きかける。
金糸雀色の瞳は、遠く青き海を見ていた――。




