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同日 同刻
/結界封印都市ヒモロギ
ツクヨミ 対鬼戦闘司令本部 昇降機内
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昇降機の籠が下へ下へと降りて行く。
長い時間をかけて。
本部の最下層とされる地下格納庫よりもさらに下まで。
一般職員はおろか、統括司令官のミヅキにさえ、このような地下施設の存在は明かされていない。
この場所は。
ごく一部の者たちのためにあった。
「………。………………。………………………。」
昇降機が止まり、扉が開く。
中から現れ出たのは――矢車シマメ。
ツクヨミの誰もが知る副司令官だ。
いつもと変わらぬ銀縁眼鏡に異海装姿である。
ただし。
その黒い瞳だけが違う。皆の知るそれではない。
まるで真冬の雪山のように――冷たく凍てついていた。
「御頭……」
昇降機から出たシマメに、そっと黒装束の巫女が近づき首を垂れる。
シマメが無言で頷くと、黒い巫女は道を先導した。
薄暗く、広い施設である。あちこちで枝分かれし、中には〈アマテラス〉の格納庫に比するような大部屋も見受けられた。
「こちらです」
やがて二人の足が止まる。
〝特別試料室〟。
室名札にはそう書かれていた。
「お入りください」
黒い巫女が霊気認証で施錠を解除し、シマメが中へと這入る。
そこには、
「おやおやおや……」
鬼。
鬼の姿。
それも、ただの鬼ではない。
人と機械が歪に入り混じった醜い鬼――。
「好奇心は猫をも殺す、と言いますが……」シマメは冷たく言い放った。「老人相手では同情も湧きませんね」
そこにいたのは金光ノボル。
いや、かつて金光だったモノ、と言った方が正しいかもしれない。
それほどまでの異形と化していた。
「おや、金光先生。どうやらあなただけではないようですね……ああ、そうか。どうせ一人では何もできないあなたのことだ。誰か下の先生を巻き込んだんですね? となると……古宮先生、あたりでしょうかね」
肯定、なのだろうか。突如として機械と肉が入り混じった金光の胸がうぞうぞと蠢き出す。
だがシマメはこれっぽっちの興味も示さず、ただ淡々と語り出した。
「実に困ったことをしてくれましたねぇ……本来の筋書きはこうだったんですよ。あなたは巫術研から高額な機器を盗み出し、その報いを受けて失脚……既に巫術研ともそう話がついていました」
だというのに――シマメは深い溜息を吐いた。
「まさかこんなことが起きるとはね……〝鬼を見れば鬼となる〟……普通はそうなんですよ。巫女以外の人間が直接鬼を目にすると鬼化する。それは既に我々も知っていました。試しましたからね、沢山。でも、よもやこんな裏口があるとは思いもしませんでした」
そこへ別の黒装束を纏った巫女がシマメに何かを手渡す。
何か。
大きさは幼児に届くか否かで多数の脚を持つ……金光らがヒモロギに潜入させた探査機だ。
ただし、こちらも原型は留めていない。大部分が変質している。
「信じられませんよ。こんなちゃちな玩具が、アレだけの……あのミヅキですら手を焼くほどの鬼に変貌するとはね」
シマメは手慣れた様子で探査機を調べた。
「ああ、わかった。きっとこれのせいだ。この化石のような魄子測定器。まさか今の時代にこんなものを目にするとはね……これはあなたが取り付けたんでしょう、金光先生?」
ボトリ、と。
金光の眼窩から目玉が落ちた。
一つ、二つ。
それだけではない。
額からは少しずつ角が生え出ている。
だがシマメはやはり気にしていなかった。
「現時点では推測の域を出ませんが……おそらくね、この化石のせいで鬼門が開いてしまったんですよ。多分かなり特殊な……乙ノ参型か丙ノ弐型、もしくはその複合かな。だから鬼がこの玩具に受肉し具象化した。【りある・たいむ】で見ていたあなたたちはそれに巻き込まれた、というところかな……」
金光が硝子板に火掻き棒を擦りつけたような叫びをあげる。
苦痛か、はたまた愉悦か。
最早それは、誰にもわからない。
「正直に言いますとね、人生で初めてあなたに嫉妬しましたよ。研究者としてね。コレは間違いなく、あなたの【きゃりあ】の中で最大の発見です。三〇年前だか四〇年前にあなたが発表した御粗末な論文なんてまるで及びもつかない、ね。こんな方法があるだなんて思いもしなかったな……。もしかしたら〝至純ノ依代〟と似たような機構なのかもしれない……結果だけを見ればよく似ている……いや、でもそうなると男が贄という解釈にせざるを……」
シマメはそのまま一人でぶつぶつと呟いていたが、やがて切り上げ再度金光だったモノへ向き直る。
「ま、いずれにせよ今回は何もかも運が良かったです。私たちにとっても、あなたにとっても、ね。〝影〟があなた方を見張っていたおかげですぐ対応できましたし、我々は新たな知見と教訓を得ることができました。何よりミヅキも一命を取り留めましたしね………………そうでなければ、」
何が何でも、私はあなたを抹消していたでしょう――シマメは底冷えのする声で告げた。
「では金光先生、これからは生きた【さんぷる】として頑張ってください。多分、あなたの生涯で最も学術的に貢献できる日々となりますよ」
そう締め括るや否や、室内にいた数名の黒い巫女が金光を取り囲む。
「後は任せたぞ。私は〝月読ノ巫女〟さまの下へ報告に行く」
言ってシマメは部屋を後にした。
~第六話 夜ニ浮カブ白キ月 完~




