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同日 同刻
/八砦県 琴水群 結界外周辺
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「見ろ古宮! 鬼だ! これが鬼なのだよ!」
車内に持ち込んだ粗い液晶画面を指し、金光はまるで新しい玩具を手にした子どものようにはしゃぎだす。
「はい、先生」
一方、端末操作のため金光の隣に席を移した古宮は、いつもと変わらず淡々としていた。
小柄な金光と大柄な古宮。影だけを見ればまるで親子のような大小比である。
「すばらしい! 流石は異ノ国々の技術だ!」
二人が目にしているのは多脚歩行型の無人探査機が逐次観測・送信している映像記録だ。
査問委員会の間、古宮が秘密裏にミヅキの車へ仕掛けたものである。
それが今、遠隔操作で起動し、車を離れヒモロギ内を偵察していた。
「くっくっく……! 女狐め〝ヒモロギは瘴気で穢れている〟だと? それがどうした! 直接足を踏み入れずとも、こうしていくらでもやりようはある!」
まるで自分を誇るように言う金光だが、この探査機は別段彼が設計・作製した訳ではない。
そもそも、一個人の物でもないのだ。
正式な所有権は巫術研にあり、およそ庶民の生涯賃金に比するような金額で購入された機材である。
本来は火山地帯や寒地などの極限環境における探査活動を目的としていた。
それを金光が前・理事長かつ現・貴族議員の立場を笠に着て半ば無理矢理に借り出してきたのである。
「古宮よ、魄子の過渡応答もしかと記録できておるな?」
「はい、先生」
唯一、魄子測定器だけは金光が直々に探査機へ後づけしたものだ。
とはいえ、数十年前には研究者として実質機能不全に陥っていた老人である。
ろくに小型化がされておらず、情報系に至っては贅肉に塗れている。
そのせいで無駄に本体の電力を消費し、結果、通信範囲が著しく狭まっていた。
故にこうして直接、ヒモロギの外縁部ギリギリにまで近づき息を潜めている。
「はっはっは、それにしても運が良かった。まさか設置したその日にこうして鬼どもの姿を見れるとはな」
本来は探査機を起動させてヒモロギ内に隠し、少しずつツクヨミの偵察と鬼の観察をする予定だった。
「これならば今日一日ですべての目的を達せられるかもしれんな。古宮よ、もう鬼の記録はいい。次はツクヨミの施設を調べるのだ」
「はい、先生」
「うくくくく……!」
金光は小さな体をガクガクと震わせて歓喜に耽る。
ドクドクと胸が脈打ち、頭には火花が散っているような感覚さえ覚えた。
「ツクヨミめ、これまで散々除け者にしてきた儂にこうもしてやられたのだ。あの女狐めに明かせぬのが残念だわい。知ればさぞかし悔しんだだろうなあ」
「………。」古宮は沈黙する。
「世界で初! 世界で初、だ! 世界で初めての鬼の詳細な記録だぞ。それを、儂が握っている!」
「………。………………。」まだ、沈黙する。
「結局な、世には二種類の人間がいるということよ。優秀な人間と、そうでない人間。この二種類だ。儂は前者で、彼奴ら後者――」
「………。………………。………………………せ、先生」もう、駄目だ。
「ん? どうした、古宮」
次の瞬間、
「 ぎゃああああああああッ⁉ 」
金光は鬼と化した古宮に頭から喰われていた。
古宮の体は。
端末や車、周囲の機械を取り込んでいた。




