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(現在)
闘ノ月、忠ノ週、健ノ日 夜
/緋ノ宮郊外 三曾木山隧道内 第二車道
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一台の車がとてつもない速さで隧道内を過ぎゆく。
ミヅキの愛車だ。辻丘社の〝紫閃〟、それも特注仕様である。
別段急いでいる訳ではない。純粋に、趣味で飛ばしているだけだ。
この時間帯に旧・貴志摩方面へ向かう者はまずいない。ミヅキにとってはいい気晴らしだった。
――気晴らし。
そう、最初からすべてがお膳立てされていた不愉快な状況への。
(あらかじめあの人が査問委員会に根回ししていたのね……多分〝影〟が動いたのだわ)
〝影〟。〝月読ノ巫女〟ハヅキの命にのみ従う直属の部隊。
そういう者たちがいる――否、いるらしい。
統括司令官のミヅキですら実際に目にしたことはなく、噂で知るのみである。
(それでも……委員会は全員一致ではなかった。一人だけ、しつこく食い下がっていた人がいたわ)
既に足腰が覚束ぬ小柄な老人。
目だけが鷹のように鋭くギラついた――。
(金光ノボル……そう、確かそんな名前だったわね)
あの顔ぶれの中では比較的小物だったので中々思い出せなかった。
(帝國学士院枠の貴族議員で……ああ、そういえば前から色々とツクヨミに文句をつけていたわね。たいして影響力のある人ではないから放っておいたけれど……)
記憶に間違いなければ、以前より金光はやれ学術的価値だの意義だのを建前に、鬼に関する記録の提出を口うるさく求めていた。
(そんなことを言われてもね……どうしようもないわ。あの人が決めたことですもの)
何故かわからぬが、ハヅキは鬼に纏わる一切の情報公開を固く禁じていた。
それは如何なる高官相手でも例外ではない。
政府は鬼について〝そのような敵が存在する〟と報告こそ受けているものの、詳細についてはヒモロギ内で完全に閉じられている。
まるで。
知られたら困るかのように――。
(これもわからない話よね……最初は軍事転用を警戒してのことかと思ったけれど……そうじゃないわ。だとしたら、〈ウズメ〉とかにだってもっと厳しい情報制限を課すはずですもの)
だが現実にはそのような制限は存在しない。
むしろ昨今では異ノ国々すらをも巻き込み擬霊式駆動人形という基盤の更なる改良を進めている。
鬼の存在のみが、異様に伏せられているのだ。
(あの金光という議員は何かその辺りの事情を知っているのかしら……? だから鬼の情報を欲している……? 〝影〟の裏工作を撥ねつけるほどに……)ミヅキはそこまで考えてから、(……ううん、ちがうわね)そう結論づける。(多分、意地みたいなものなのだわ……悪い意味で)
金光に関して、いくつか思い出したことがある。
あの人物は元々、巫術研の理事長を務めていた。帝國学士院の有する議席枠を継承し貴族議員となったのはここ数年の話である。
巫術研。シマメも在籍していた帝國有数の研究所だ。
そのシマメに一度、金光の人物評を聞いたことがある。
『自分を賢いと思ってる【たいぷ】の馬鹿さ。相手にするだけ時間の無駄だよ』
とのことだった。
(そうそう、それでそこから気に留めないでいたのよね……すっかり忘れていたわ)
シマメは人を見る目に長けている。ミヅキは長い付き合いでそれをよく知っていた。
そのシマメがああも断言する以上、間違いはなかろう。
(学士院枠の自分が学術面で蚊帳の外なのは気に食わない……多分、動機はそんなところでしょうね)
ああして帝國議員まで上り詰めた以上、それなりに政治力はあるのだろう。
〝影〟に反発する危険性も一応は理解できているはずだ。
(それでも【ぷらいど】が邪魔をして、というところかしら――)
いずれにせよ、大した相手ではない。このまま放置でよいだろう。
目に余るようならいずれ〝影〟が何らかの手を打つはずだ。
ミヅキはそう結論づけ、ほぼ最大速を維持したまま曲がり道に突入する。
車との心地よい一体感。
遠心力が働き、身体が窓側へと押しやられ――、
「……あら?」
と、その時。
ふとミヅキは違和感を覚えた。
ほんの。
ほんの僅かだが――車の重心がズレている。




