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同日 同刻
/結界封印都市ヒモロギ
ツクヨミ 対鬼戦闘司令本部 高度性能試験場
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ヒミコはびしょびしょの濡れ鼠と化していた。
無理もない。つい先ほどまで〈アマテラス〉に乗っていたのである。
つまりそう、機胎の中で肺までどっぷりと霊水に浸かっていた。
そこから出れば必然、洗いたての洗濯物のような状態になる。
これで終わりならすぐさま大浴場へ直行だが、生憎と今はただの小休憩。
後で再び〈アマテラス〉に乗らねばならぬとわかっているので、こうしてずぶ濡れの無様を晒している。
見ようによってはなんだか浜辺に打ち上げられた水死体のように哀れな姿だった。
――ちなみに。
少し離れたところで技術官と専門的なやり取りをしていたルリカは、先ほどからチラッチラッとこちらを見ては太腿の辺りをつねってプルプルと震えている。
まるで『笑うな……! 笑っちゃだめだ……! で、でも……ぷ、うくくくくく……っ』とするルリカの心の声が聞こえてくるかのようだ。
「あのヤロウ……!」
ヒミコの白い額にご立派な青筋が走る。
今日、二人は〈アマテラス〉と〈ウズメ〉を使った各種性能試験に駆り出されていた。
ヒモロギに来て以来、既に何度かこういう経験をしている。特に〈アマテラス〉に関してはヒミコが正式に操者となったことで格段にできることが増え、技術者にとっては宝の山のような知見が得られるのだとか。
ヒミコとしては高巫の授業を堂々と欠席できるのは魅力的なものの、それでも毎回こうしてびしょ濡れの姿でほっぽり出されるというのは中々に考え物だった。
「やあ、ヒミコ」と、そこへ。「調子はどうだ」シマメがやってきた。
矢車シマメ。銀縁眼鏡をかけたツクヨミの副司令官。
年齢はミヅキと同程度で、二人は巫術学校時代からの付き合いらしい。
最近になってヒミコはミヅキも交えシマメと多少話すようになっていた。
「ってあれ、今日はいねーのか。ミヅキは」
「おい」シマメがすぐさま眉を吊り上げる。「ミヅキ〝さん〟だろ〝さん〟」
シマメはこういうところに結構口うるさい。
当のミヅキなど〝女学生に戻ったみたい〟とむしろはしゃいでいたものだが……。
「ああはいはい、そうだったな。気ぃつけるよ」
「それでよろしい」シマメはうむうむと頷いてから「檸檬水、いるか?」瓶を一つ、こちらに差し出す。
「お、あんがと」
ヒミコはすぐさま栓を開けた。無論、栓抜きなど必要ない。親指に少し霊気を纏わせれば十分だ。
「か~……、染みる~……」なんともオヤジ臭い感想を漏らすヒミコ。「で? 今日はいねーの。ミヅキ〝さん〟は。朝は見かけたけど」
「その後すぐに緋ノ宮まで出張さ」シマメも同様に栓を開けた。「戻ってくるのは夜遅くだな」
「へえー。大変だねぇ、司令官サマは」んぐんぐと炭酸の喉越しを楽しむヒミコ。「あ、そっか」ふと、何かに気づいたように柳葉の眉を上げた。「それでアイツ、あんなんだったのか――」
「ん? 何の話だ」
「いや、朝見かけた時さ、珍しく元気ないっていうか……へこんでる感じがしたからさ。その、出張? そんで気が滅入ってたってこったろ」
「ああ、それな」シマメがふと笑みを零した。「ちがうちがう、そうじゃない。むしろミヅキは出張なら喜んでいく【たいぷ】だよ」
「へ? そうなの? じゃあなんであんなにへこんでたんだよ」
「多分〝あと一日ズレてたら~〟とか思ってたんだろ」ますますシマメの笑みが広がる。「まったくミヅキらしいよ」
「あと一日……? どーいうこと」
「明日は俊ノ日だろ。もし出張が明日だったら、週末はヒモロギに戻らずそのまま家に帰れたかもしれない」
「家……?」ヒミコが瓶を傾けつつ訊き返した。
「ああ、旦那と子どもに会いにな」
「ぶふぉ――⁉」途端、ヒミコは盛大に檸檬水を噴き出す。
「 アイツ、子持ちの人妻だったのかよ⁉ 」
緋色の瞳が驚天動地とばかりに見開かれていた。




