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同日 早朝
/結界封印都市ヒモロギ
ツクヨミ 対鬼戦闘司令本部
医療棟 玄関
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既に夜が明けていた。
〈アマテラス〉を地下格納庫へ戻し、その後、医療棟で治療と検査を終えたヒミコは〝ようやく解放された〟とばかりにくあっと伸びをする。
「………。………………。………………………。」
不思議な気分だった。
前回の戦いでは自分が自分でなく、記憶も朧気だったが……今回はすべて覚えている。
鬼と戦い、逆具象化空間を脱し、そして討ち取ったところまで。
(でも、ありゃいったい……なんだったんだ?)
わからぬのは最後の瞬間である。
鬼の角を斬り落とし、前と同様に爆発が生じたあの時、
(何かが、入ってきた……アタシの……いや違う、〈アマテラス〉の中に)
何か。
正体はまったくわからない。
あくまでその気配に気づいただけだ。
ただ強いて言えば、
「ハク……」
少女。あの白い少女が発する存在感にどこか似ていた気がする。
「おい、いんのかハク」
だが少女からの返事はない。
(あのヤロウ……まだ寝てんのか)
鬼を倒すなり、ハクは『ねむいからねる』と言ったきり姿を見せずにいた。
あの少女が一度そうして引っ込むと、あちらからまた出てくる以外に再会の術はない。
(だいたい眠いってなんだよ、眠いって。んなの初めてアイツの口から耳にしたぞ……わかんねーことばっかだな)
ヒミコは肩を竦め、医療棟を出た。
「やあ神越」すると、そこにいたのは、「待ってたよ」ルリカである。
「……あんだよ。まだ何か用があんのか」
ヒミコは露骨に〝うへぇ〟と口を歪める。
だがルリカは一向構わず朗らかに語り出した。
「二つ、用があるんだ」
「後にしてくれ。アタシは眠ーんだ。寝る」
「そうか。でも私はキミが嫌いだからね。キミの事情なんて気にもかけないよ」
「喧嘩売ってんのかてめー」
「何が見えてたんだい?」ルリカは凄むヒミコに物怖じもせず切り出した。「あの白い空間の中で、私には敵が両親の姿に見えていた。キミの目にはいったい何が映っていたんだい?」
「……なんでんなことてめーに言わなきゃならねーんだよ」
「ああ、イヤなら別にいいよ。コレは純粋に、好奇心で知りたかっただけだから」
「なら言わねー」
「そっか」
実際、ルリカはあっさりと引き下がった。
(ったく……ヤなこと思い出させんなよな)
ヒミコは内心で溜息を吐く。
彼女が逆具象化空間で見たモノ。
それは――かつての仲間、肆番隊の面々に他ならない。
だからこそ、ヒミコはあれほどまでに怒り狂っていた。
仲間たちの姿をした敵を斬らねばならぬこともだが――何よりも、束の間とはいえ〝皆が生きている〟と思ってしまった自分自身に。
かつて、育て親のヨウコは言っていた。
『命は一度だ。一度きりしかない。だからこそ、使い方を誤るな』と。
その教えを踏みにじりかけた自分が、どうしても許せなかったのである。
「じゃあ、二つ目の方の用に移ろうかな」
「うるせえ、アタシにつきまとうな」
「そういわずに、頼むよ神越。ちょっとでいいんだ、付き合ってくれよ。な?」
「……あんだよ」
このままでは部屋までついてきかねない。いい加減面倒くさくなったヒミコは渋々と承知した。
「おお、いいんだな。ありがとう、恩に着るよ」
「いいから。早くしろ」
「じゃあ、そこに立ってくれ。ああ、もうちょっと右かな。うん、そこだ。そこでいい」ルリカは晴れやかな笑顔で頷く。「ついでに目を瞑って貰えるかな?」
「なんでだよ……」
「そっちの方がやりやすいからね。なあ、いいだろ?」
ヒミコは訳も分からず目を閉じる。
次の瞬間、
「 これはお返しだ 」
思いっきり横面を殴られた。
「……いってーな。何しやがる」どうにか踏みとどまったヒミコがギロリと睨めつける。
「ああ、スッキリした」だがルリカはまるで気にせず、ニコニコと笑顔を絶やさない。「一発は一発だからな。きちんと返したぞ」
「はぁ? 一発だぁ――?」ヒミコは目を細め思い起こした。
ああ、そういえば。
あの白い空間でのことだ。確かに、殴った記憶がある。
ルリカが錯乱していたので。
まさか、こうも根に持っていたとは思わなかったが。
「よし、じゃあちょっと早いが飯にでも行こうか。そろそろ腹がへったろう。おごってやるよ」
「おい。なんでこの流れでそーなんだよ」
「言っただろう。私はキミのことが嫌いだからさ」
「ますますわかんねーよ」
「なんだ、わからないのか? 嫌いなヤツ相手には安い貸しを作っておくに限るぞ。その方が精神的に優位に立てるからな」
「……お前、ホントはすっげー性格悪かったんだな。正直引くわ」
「はっはっは、そう褒めてくれるな」
「褒めてねーよ」
「で、どうする。行くのか、行かないのか?」
ヒミコは少し考え、言った。
「……確かに腹はへってる」
~第伍話 冷たい血、温かい血 完~




