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同日 同刻
/結界封印都市ヒモロギ
ツクヨミ 対鬼戦闘司令本部 中央管制室
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「ミヅキ」珍しくシマメが取り乱していた。「やっぱりやめようミヅキ。今ならまだ間に合う。な? な、な?」ずり落ち気味の眼鏡の下では黒い瞳がグルグルに渦巻く。
「今さら何を言ってるのよシマメ。どう考えたって間に合わないわ」
もう壊しちゃったのだし――ミヅキは前方の巨大描影装置をチラリと見た。
そこには。
ない。
つい先ほどまで、高々と聳え立っていた防衛の要。
第三結界柱が、跡形もない。
「おスズちゃん、楓組に伝えて。逆具象化空間に亀裂発生。このまま結界石を用いた集中射撃を継続せよ」
「はい!」スズが甲高い声で応じる。
「あー! あー、あー!」シマメが奇声を上げながら頭を掻き毟った。「どーするんだよミヅキ! こんなの、いくらなんでも無茶苦茶だ! 〝月読ノ巫女〟さまになんと言って詫びればいい⁉ 大蔵省だっていつまでも黙っちゃいないぞ⁉ 議会や枢密院もだ!」
「その時は真実を伝えるしかないわね。〝副司令が発案し、司令が許可しました〟って」
「私は第三結界柱を壊せなんて一言も言っちゃいない!」
元々のシマメの提案はこうだった。
逆具象化空間。
物質と精神が入れ替わり、肉体と心が置き換わった鬼の世界。
そこに囚われたヒミコとルリカを救出するには、必然的に人間界の通常空間を繋げねばならない。
言うなれば〝帰り道〟を作る必要があるのだ。
幸い、方法自体は既存技術・知識の組み合わせですぐに思い浮かぶ。
結界石。
界と界を結ぶ石。
そこに簡易的な発動条件と指向性を記述した御札を貼りつけ、霊気と共に梓弓で打ち出せば、目論見通りの働きをするだろう。
しかし、問題は結界石の確保だった。
貴志摩鉱山の崩落で黄泉比良坂が出現して以来、大緋帝國は――ツクヨミは、ありったけの結界石を投入し周辺地域の封印ならびにヒモロギの開発を急いだ。
これにより結界石の需要と供給の平衡は破綻し、今では歪なまでの希少価値がついている。
ツクヨミですら保有量はごくわずかで、シマメの概算では例えそのすべてを投げ打ったとて、逆具象化空間への接続は不可能だった。
ヒミコとルリカを救出するには桁違いの量の結界石が必要なのである。
故にシマメとしては机上の空論で諦めざるを得なかった。
だが。
ミヅキはそこまでを聞き終えるや否や、
『結界石ならあるじゃない。壊しましょう、結界柱を』
と決断し、各部署へ作戦を通達する。
結界柱は、まさにその〝桁違いの量の結界石〟で構成されていたのだ――。
「あー! あー、あー!」
こうして、今に至る。
今。珍しくシマメが取り乱している今だ。
「せめて〝月読ノ巫女〟さまに事前にお伺いしていれば……。これだけの損失、いったいどこから根回しすればいいんだ……? こんな事態、想定されてない……」
「お互い、当分残業が続きそうね」ミヅキがコロコロと笑った
「誰のせいだと思ってる!」
「私たちのせいに決まってるじゃない」
「当然のように私まで巻き込むな!」
「もう、シマメったら。そんなこと言ったって、仕方ないじゃない」ふとミヅキが真顔に戻った。「私たちにはこうする以外に道はなかったわ」
「それ、は――」
わかっている。
シマメとて、理屈の上では十全にわかっている。
そもそもミヅキがこうして打って出ねば、第三結界柱はあのまま破壊されていた。
否、それだけではない。鬼の王は残るすべての結界柱を壊し、諸手を挙げて外界へと出るだろう。
そうなっては、すべてがおしまいだ。
だからこそ、あの鬼を、禍ツ忌ノ鬼を止めるための〈アマテラス〉。機械仕掛けの巫女を何としても人界に呼び戻す必要がある。
たとえ、如何なる犠牲を払おうとも――。
「まあ、冗談はともかく」ミヅキがコホンと咳払いを挟んだ。「すべての責任は私が取るわ。責任を取るために、責任者はいるのだものね。私がクビになったら、後のことは頼むわよ」
「はぁ……」シマメは短く溜息を吐く。「お前がクビなら私もクビだろ。発案は事実だし、遺憾ながらこれが最善手だと判断したのも事実だからな……」
「お互い、お役御免になったらどうしましょうか。現場で戦う?」
「よしてくれよ、私は緋ノ巫女としてはもうとっくに終わってる身だ。せいぜい技術部の末席に加えて貰うさ」
「……何故だかあなたはそちらの方が生き生きとしてそうね」
「ああ、自分でも言っててそう悪くない未来だと思えてきたよ。少なくとも胃薬とはおさらばできそうだ」
「夜代司令!」スズの声が割って入る。「楓組からの報告です! 結界石をすべて使い切ったとのことです!」
「禍ツ忌ノ鬼の進行は⁉」
「第四結界柱方面です!」
「では楓組に第四結界柱の防衛担当と合流するよう伝えて!」
「了解!」
シマメがミヅキに小声で語り掛ける。
「完全には貫通できなかったか……」
「ええ、残念ながらね」
「だがああして肉眼で確認できるほどの亀裂が入ったんだ。アレなら中から攻撃すればどうにかなるかもしれない」
「となると……後は二人を信じて祈るばかりね」




