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幻葬鬼譚 ~神話ヲ殺ス少女タチ~  作者: K. Soma
第伍話 冷たい血、温かい血

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07

╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━╋

 同日 同刻

 /結界封印都市ヒモロギ 第三結界柱付近

╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━╋

 

 鬼と異なり、〈アマテラス〉には人と同じ緋色の血が通っていた。

 

 負傷した左足と消滅した左腕。既に霊気で応急処置はしている。

 

 それでも傷口から(かす)かに漏れ出た鮮血が、曲芸的(アクロバティック)に跳び回る〈アマテラス〉の軌跡をヒモロギの大地に書き(つら)ねていた。

 

(次はどっちだ⁉)

 

『左。あ、ちがう。上にいった』

 

(クソッ!)

 

 間一髪のところで上体を逸らし、敵の攻撃を(かわ)す。

 

 いや。

 

 厳密に言うとヒミコの目には――〈アマテラス〉の目には、果たして本当に回避できたのかわからない。

 

 わかりようが、ない。

 

 何せ()()姿()()()()()()()()()

 

『ヒミコ』

 

(なんだ⁉)

 

『こんどは後ろから、きてる』

 

(このガキ! そーいうことはもっと早く言いやがれ!)

 

 だが、ハクには何故かそれが見えるらしい。

 

 (いわ)く、ないはずの右腕の付け根から、途方もなく巨大な蛇が生え出ているとか。

 

 巨大な蛇。おそらくは〝龍蛇(りょうじゃ)〟だ。以前の敵と同じく。

 

 理屈はまったく追いつかぬが、此度(こたび)(マガ)()(オニ)は不可視のそれを持つらしい。

 

 その上、

 

(チッ、かすったか!)

 

 悪辣(あくらつ)さはこの上なく強化されている。

 

〈アマテラス〉の(まと)う装甲と一体化した巫女装束。

 

 その長い(そで)が突如として消滅した。

 

 敵の龍蛇に触れただけでこうなってしまうのだ。

 

(クソが!)

 

 ヒミコは右へ大きく跳躍し、鬼との距離をとった。

 

 敵は龍蛇の巨体を持て余したのか、数秒の時間的猶予が発生する。

 

(どうする――⁉)

 

 この間、ヒミコは思考を高速回転させた。

 

(今のままじゃ逃げてるだけだ……いや、それすら(あや)うくなってる)

 

 如何(いかん)せん、ハクの覚束(おぼつか)ぬ助言だけでは打てる手に限りがあった。

 

(敵の姿が見えねー……そうだ、それが一番の問題なんだ。そこさえ何とかなればやりようはある。そのためには――)

 

 ヒミコが必死に考えを張り巡らしていたその時、

 

「っ⁉」

 

 突如として高鳴る()()()()

 

(ク、ソ……! ()()、かよ……!)

 

『ヒミコ? どうしたの、ヒミコ』

 

 ハクの出現で収まっていた情動。

 

 自分が自分でなくなるような違和感。

 

 よりにもよってこの瞬間(タイミング)で再発した。

 

「欲シイ……」

 

(ちがう)

 

「欲シイ、欲シイ……」

 

(ちがう、ちがう!)

 

「アイツガ、欲シイィヨォォオオォォオオッ!」

 

(ちがうちがうちがうちがうちがう! ちがうッ!)

 

『ねえ、ヒミコってば。どうしたの。〝ほしい〟って、なに。〝あいつ〟ってだれ』

 

 ハクの声が遠ざかる。

 

 いや、ちがう。離れているのは自分だ。

 

 自分の心が、身体から離れつつある。

 

 この機械仕掛けの身体から。

 

 ……自分。

 

 ……自分の、心。

 

 獄炎の如き憎しみと恨みを意思の力で焼き入れし、刃と変えた心。

 

 その心が。

 

 塗り替えられていく。

 

 抑えようのない情欲に。

 

 果てのない欲望に――。

 

「欲シ「 てめェエは黙ってろォォォオオオォォオォオオオオッ‼ 」

 

 ヒミコは。

 

 躊躇(ためら)いもなしに御幣(ごへい)で自らを傷つけた。

 

 失われた左腕。その切断面に容赦なく霊気を纏った幣串(へいぐし)を突き刺し、グリグリと()き回す。

 

 想像を絶する痛み。

 

 当然だ。今のヒミコは〈アマテラス〉と神経を共有している。

 

 その神経を自らの手で蹂躙(じゅうりん)しているのだ。

 

「ガアァァアアアアァァァアアアアアアアァアァアッ!」

 

 生じる苦痛は筆舌に尽くし難い。

 

 だがその苦しみが、痛みが、(かろ)うじてヒミコの自我を現世に留めた。

 

 己が己である限り、ヒミコのなすべきことはただ一つ。

 

「ウァァァアアァァァァアアアアァァアアアアッ!」

 

 ヒミコは、〈アマテラス〉は、敵目掛けて飛び掛かった。

 

 まるで不可視の大蛇のことなど忘れたかのように。

 

 痛みを理性で失した蛮行か?

 

()()かァァァアアアアア!」

 

 否、違う。

 

 ヒミコはどこまでも冷静だった。

 

 左腕。

 

 自ら痛めつけ、再び(おびただ)しい出血を始めた左腕。

 

 ()()()()()()()

 

 まるで打ち水のように血を撒き散らし、その消失跡から敵の姿を見出したのである。

 

 触れるだけで何もかもを削り取る龍蛇の姿は、あたかも暗がりに灯した蝋燭(ろうそく)の如し。

 

 これならば。

 

 よく見える。

 

(とった――!)

 

 ヒミコは皮一枚で龍蛇を避け、禍ツ忌ノ鬼の本体へ御幣で斬り掛かった。

 

 血に(まみ)れた紙垂(かみしで)が勢いよく宙を舞う。

 

「な」

 

 次の瞬間――――――〈アマテラス〉は()()()()()()()()()

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