05
(あはは、いい気味……!)
肩を落とし短く溜息を吐くヒミコを見て、松竹梅の三人娘は胸を弾ませた。
言うまでもなく、主犯はこの三人である。
他の女子は迷彩かつ援軍でもあった。
古来、女とは集団の生き物である。
数こそが正義であり、同調は生きるために必要不可欠な術だ。
これだけの数が揃えば、如何なあの女とてそう易々と我を貫き通せまい。
「……アタシの鞄が、ねーんだけど」
事実、その声は随分と意気消沈していた。
「あと棚が壊されてんな……誰がやったんだ?」
それに反し、女子軍はますますクスクス笑いを大きくし、四方八方からでまかせを飛ばす。
「えー、知らなーい」
「わからなーい」
「あ、そういえばさっきあやしい黒づくめの男がいたよ!」
「ぷっ、ちょっと。いくらなんでも適当すぎでしょ。男がヒモロギに入れるワケないじゃん」
「あ、そっか。あはははは」
「ふふ、でもわかんないよー? もしかしたらほんとに変なのがいたりして」
「きっとそれだよ! あーあ、神越さんの鞄、ソイツに取られちゃったんだー。かわいそー」
「あははははははは」
「……ああ、そうかよ」
とうとう心が折れたのかもしれない。
ヒミコは何やら床に向かってブツブツと呟いた後、踵を返し引き戸に手をかけた。
(はん、調子に乗ってっからこうなるんだよ)
〝松〟は思わずほくそ笑む。
だが、
「……ここは雪山だ」
ヒミコの行動は予想とは大きく異なった。
ガラガラピシャリ。引き戸を閉じる。
教室内に残ったまま。
「雪山の、山荘だ」
ペタリ。引き戸に何かを貼りつけた。
「外は十年に一度の大吹雪。山を下りるなんざぁ正気じゃねー。自殺行為だ」
速やかに引き返し、窓の方へ。
「そんな中、お前らは運よく山荘に辿り着いた。よかったな」
ガラガラピシャリ。窓を閉じる。
「でもいいことばかりが人生じゃねえ。お前らん中に一人、ガチガチの狂人がいたんだ」
ペタリ。窓に何かを貼りつけた。
「こんな絶好の機会を逃すはずもねー。目指すは皆殺しだ。ソイツは早速、ウキウキで一人殺す」
次の窓へ。
「お前らはその死体を見つけた。見つけて、しまった」
ガラガラピシャリ。ペタリ。変わらぬ行動。
「でも誰が犯人かわからねー。狂人は、お前らの中で一緒に怯えたふりをしてやがんだ」
(アレってもしかして――)この時になってようやく〝松〟が気づく。(〝閉縛符〟……?)
閉縛符。御札の一種だ。
緋ノ巫女が霊力を込め作動させることで特殊な力場を形成し、その通路の出入りを封鎖する。
「……さて、どーする?」
〝松〟だけではない。〝竹〟も〝梅〟も、その他大勢の女子も、この時になってようやく気づいた。
自分たちが教室に閉じ込められたことに。
「は、はぁ? どうするって、何が。アンタ何言ってんの?」勇敢にも〝松〟がヒミコに問い質した。
「文字通りの意味に決まってんだろ」ヒミコが黒板の前をウロウロしながら応える。「どーするよお前ら、もしそういう状況になったら」あたかもそれは、生徒の答えを粘り強く待つ教師のようだった。
「そんなの……」〝竹〟が戸惑いを隠し切れずに言う。「見つけるしかないでしょ。ソイツを。じゃないとみんな殺されちゃうんだから」
「そう、命は大切だからな。自分を守るべきだ。アタシだってそーする。誰だってそーする」
でも、どうやってだ――ヒミコが全員に再度問いかける。
今や教室は静まり返っていた。ヒグラシの鳴き声が遠くに聞こえる。
「あ、あのね神越さん」顔だけは誠実そうな〝梅〟が怖ず怖ずと切り出した。「もう、帰してくれないかな。これ閉縛符でしょ? 神越さんが解除してくれないと、わたしたち出られないよ」
「おいおいおいおいおいおいおい」ヒミコは大げさに首を横に振る。「いーじゃねえか。少しくらい。アタシにつきあってくれよ。遊ぼうぜ。アタシさ、憧れだったんだよね。こういう風に、みんなで集まって遊ぶのがさぁ……」
「で、でも遊ぶっていったいどう――」
「単純だよ。さっきの質問。アタシは答えを知っている。雪山でどんなやべー狂人と遭遇しても、絶対に生き残れる、ただ一つの方法をな」
ソレをさぁ、あててみてくれよ――ヒミコは薄く笑った。
「そしたらすぐにでもここから出してやるよ。もちろん、全員一緒にな。一人でも答えられればいいんだ。楽勝だろ?」
「つまり犯人を見つけろってこと……?」
「ん、まあ……そうだな。それでもいいよ。絶対に生き残れるって言い切れるんならな」
「なら簡単っしょ」若干持ち直した〝竹〟が希望を見出したかのように言った。「みんなで見つければいいんだよ。その犯人を。協力してさ」
「だから、どうやってだ?」
「そんなの……少しずつ証拠とかを積み上げてってさ……その内に誰が可能で誰が不可能とかわかって――」
「探偵ものの定番だな」ヒミコが溜息と共に首を振った。「その間に何人殺されんだよ。アタシがその内の一人になったらどーしてくれんだ、ああ? 生き残れねーじゃねぇか。却下だ却下」
「じゃ、じゃあさ」続けて〝梅〟。「部屋に閉じ籠って、絶対に誰とも合わないようにするとか――」
「またしてもド定番じゃねーか。お約束だろ、そーいうヤツから殺されてくのは。少なくともアタシが犯人なら真っ先にソイツを狙う。だから生き残れねー。やっぱり却下だ」
何故だろう。
空気が重い。
それになんだか……少しずつ、論点をすり替えられている気がする。
「な、ならさ――」〝松〟が自分を鼓舞するかの如く立ち上がった。「みんなでいればいいじゃん! そうだよ、コレだよコレ! みんなで一緒にずっといれば、ソイツだって何もできやしないんだから――」
「んなのできるはずねーだろ。風呂はどーする。厠もだ。みんなで一緒に入ってみんなで出すのか、ええ? 人間ってぇのはな、本質的に一人で成立してんだよ。そんくらいわかれ。言うまでもなく却下だ」
「じゃあどーすればいいってのさ⁉」とうとう〝松〟が声を張り上げた。「アレも駄目、コレも駄目って、アンタ何様のつもりなの! そんなに言うなら、アンタの答えを言ってみなよ!」
「へぇ――」
ヒミコはゆっくりと〝松〟を見返す。
まるで〝その言葉を待っていた〟とでもばかりに。
「いいのか、もう言っちゃって。先に断っておくが、アンタらが答えを見つけられなかった以上、アタシはこれからソレをやるつもりだぞ。アタシの鞄を盗んだクソ女を見つけるためにな」
「い、いいよ。好きにしなよ」
「そうかい。わかったよ、ありがとな」
じゃあ正解発表だ――ヒミコは教壇に立ち、言った。
「先にぶっ殺しちまえばいいんだよ、自分以外の全員をな」




