03
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同日 午後
/結界封印都市ヒモロギ
高等巫術学校 大浴場 更衣室
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午後の訓練が終わった。
ここから先は一時間の休憩を挟んだ後、選択制の授業である。
内容は座学から実技に実習、実験に至るまで様々だ。考古学的手法で鬼の正体に迫らんとする講義もあれば、最新の結界柱や機体・巫具の開発整備を手掛ける科目も設置されている。
とはいえ午前と午後の訓練を終えた直後だ。服も身体も相当に汚れている。
なので大抵の者はこの機会で一度、敷地内の大浴場で身を清め、予備の巫女装束に着替えてから授業に参加するのが常だった。
松竹梅の三人娘も例外ではない。
「……ねえ、どうするのさ」〝竹〟が〝松〟に問いかける。「アイツ、ますます調子に乗ってるよ。いいのかよ、このまま好き放題させちゃってさ」顔の上気は湯上りのせいだけではないらしい。
「わたしたちのことなんて、まるで眼中にないって感じだもんね」続く〝梅〟。
実際、その発言は正鵠を射ていた。
ヒミコの中では先日の一件は既に決着がついている。故に三人娘にしても、ルリカにしても、まるで気に留めず、後に残る禍根など知ったことか、という態度であった。
「それにさ。あの人やっぱり変だよね、色々と」一見すると顔だけは誠実そうな〝梅〟の口から不実な言葉が飛び出す。「なんかね、時々一人でブツブツ喋ってるの。下の方向きながら。ちょっとこわくない?」
「あ、それアタシも見た」即座に〝竹〟が食いつく。「でさでさ、よくよく耳を澄ませて聞いてみたら〝うるさい〟だの〝話しかけるな〟だの言ってんの。は、意味わかんないし」
「もしかして、いけないクスリでも打ってるんじゃない?」
「かもね。あはははは――」
「……どうでもいいでしょ、そんなのは」先ほどから黙り込んでいた〝松〟が口を挟んだ。「アタシは、それよりも凛堂さんのことの方が心配だよ」
凛堂。凛堂、ルリカ。
「大丈夫、なのかな……?」
今度は〝竹〟と〝梅〟が口を閉ざす。
あれからルリカは表面上こそいつも通りだったが、時々妙にぼうっとしていた。
心配で何度か声を掛けてみたものの、努めて作ったような声色で〝心配するな〟と朗らかに返すのみ。
誰の目から見ても、無理をしているのは明らかだった。
「あの凛堂さんでも勝てなかったなんて……!」
〝松〟は握りしめた拳を震わせる。〝竹〟と〝梅〟も似たようなものだ。
三人の思いはただ一つ。
――悔しい。
松竹梅に限らず、高巫に身を置く者の大半が多かれ少なかれ同じ感情を抱いていた。
そもそもは最高水準として選ばれた彼女たちである。当初は誰もが皆〝我こそは〟とする思いでヒモロギの結界をくぐったが、やがて三年の月日と共に、敵意と友情、嫉妬と尊敬、挫折と成功が織り交じる色とりどりの物語が展開した。
その中で。
実力、人格、品行のどれをとっても非の打ち所のなかった至高の巫女。
それこそが凛堂ルリカだったのである。
松竹梅の三人娘ですら、ルリカに対してだけは利害を超えた畏敬の念を有していた。
ルリカが〈アマテラス〉の試験操者に選ばれたと噂で耳にした時は、陰ながら祝杯をあげたくらいである。
そのルリカが。
どこぞの馬の骨とも知れぬ巫女に負けた。
それも〈アマテラス〉の正式操者の座まで奪われて。
この事実はある意味でルリカ以上に自分たちを傷つけた。
三年間、脇目も振らずに研鑽を積み、鬼と戦い続けた自分たちの誇りがズタズタにされた。
そう思わずにはいられぬのである。
だから、かもしれない――。
「……ねえ。今日ちょっと放課後集まって貰ってもいい? 他の子たちも集めて、さ」
恥辱に燃える〝松〟の目からは、理性の箍が外れかかっていた。




