09
気づいた時には、コレである。
よくわからぬが、この青い瞳の少女――凛堂ルリカと戦うことになっていた。
聴衆を味方につけ勢いづいた松竹梅がその足で直談判に打って出て、それを受けたルリカもどういう訳かろくに事情も訊かぬまま、二つ返事で承諾したのである。
なんで……? 当事者であるはずのヒミコ自身、そう困惑せずにはいられない。
「キャー! ルリカ様ー!」
「素敵ですー!」
「こっち向いてー!」
いかにもな黄色い声援があちこちから飛び交う。
本日最後の模擬戦というのもあり、演習場はほとんど芝居小屋じみた熱気に包まれていた。
どうやらルリカは女子の間で相当な人気があるらしく、その反作用と松竹梅の事前工作もあってか、ヒミコはいつの間にやら悪役に仕立て上げられている。
――もっとも。
そんなことを微塵も気にする女ではなかったが。
「……で、どーすんの?」〝うへぇ〟の顔を崩さぬまま、ヒミコがルリカに問いかける。「さっきまでと同じやり方いいのかよ」
「ああ、それでよかろう」
規定は極めて単純だ。
互いに向き合ったまま一定の距離を取り、合図があり次第始める。
咒牢帯を巻き弱化させた巫具で戦って、先に一撃を与えた方が勝ちだ。
「では神越、正々堂々勝負しよう」ルリカが爽やかな笑顔で握手を求めてくる。
「………………………ああ」ヒミコはほとんど胸焼けのような顔をして応じた。
どうにも対比の効いた二人である。
さながらカラッと晴れた夏の青空とジメッと湿気った梅雨の曇天ほどの違いがあった。
「では、はじめ!」
そうこうしている内に合図がくる。
両者すかさず動きだした。
ヒミコの得物は白木の幣串に紙垂を挟んだ正統派な御幣である。
対するルリカは百木の長こと梓の木から作られた梓弓。御幣に劣らず広く普及した標準的な巫具である。
だが――ルリカのそれは一目で知れる特注品。
長い。ルリカの背丈を優に上回る。
すなわち〝梓ノ長弓〟。
(……はっ、どーせ距離を取ろうってんだろ?)
遠距離戦に持ち込む腹に違いない。
そうはさせじとヒミコが前に跳ぶ。
しかし、
(なに――?)
予想は外れた。
ルリカも同じく前に跳ぶ。
二倍近い合成速度。
両者の差が一気に縮まった。
(そうきたか……!)
ルリカは弓を射るのではなく、背負った矢筒から矢を取り出し上段から下段に斬り掛かってきた。
出鼻を挫かれたヒミコは御幣を横にし受け止める。
(けど、もうこれで……逃げらんねーぞ)
接近戦ならこちらが有利だ。
意表を突いた奇策だったが、それだけに崩れれば脆い。
ヒミコがそう思った次の瞬間、
(どこだ――⁉)
ルリカの姿が消えていた。
ヒミコにはそうとしか見えなかった。
そこまで気づいた時、
(……なるほど、な)
敵の居所に見当がついた。
人間の目の構造上、もっとも捉えにくい動き。
それは〝上〟だ。
(やってくれるじゃねーか)
ルリカはその場で高く跳躍していたのである。
(何重にも練ってきた、ってワケか)
最初に矢で斬り掛かってきたのは、こちらが受け止めることまで見据えてだ。
斬撃が防がれた反作用をそのまま跳躍へ。
言うなればヒミコを踏み台にしたのである。
だからあんなに高く、遠くに跳んでいる。
しかも煌々と輝く太陽を背にして。
「チッ――」
目が眩み視界が覚束ぬが、ここまでくれば何をしてくるかはすぐ読めた。
(……いい腕してんじゃねえか)
天から次々と矢が降り注ぐ。
最初の一本を間一髪で躱したものの、ヒミコはこれもまた敵の術中と看破した。
まるで詰将棋が如く考え抜かれた射撃である。
ヒミコの回避行動まで予測して空中から射ているのだ。
少しずつ、少しずつ切り崩し、最後には庇いようのない決定的な隙を生じさせるため。
超がつくほど精密な射撃の冴えあったればこその戦法である。
(こりゃ負けたな……)
実際、ヒミコもそう結論づけた。
相手の腕があれば、あと三本も射れば優に自分を仕留められる。
間違いない。玄人としての経験と感覚から断言できる
――ただし、
(アイツに会ってなけりゃあ、の話だがな)
次の瞬間、ヒミコは〝縮空〟で空を駆けた。




