06
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同日 同刻
/結界封印都市ヒモロギ
ツクヨミ 対鬼戦闘司令本部 地下格納庫
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そこは本部の最下層。
機械仕掛けの巫女が眠る地下格納庫である。
「「………。………………。………………………。」」
黙したまま昇降機から出る二人。
緊迫した面持ちである。先までの和やかな空気は雲散霧消していた。
「すごい……」ミヅキが〈アマテラス〉を見て呟く。「あれからまだ一週間しか経ってないのに、こうも直っているだなんて……」
「何を言ってるんだミヅキ。一週間どころか禍ツ忌ノ鬼と戦った次の日にはコイツはもう完全に修復していたよ。こちらが何をするワケでもなく、独りでに、な」
「自己修復ということ? そんな機能まで持っていたのね……」
「おかげでウチの技術者たちに無茶な仕事を回さず済んだよ」ふとシマメが舌打ちする。「ほら、話してるすぐそばからこれだ。危ないぞミヅキ、下がってくれ」
〈アマテラス〉が突如として動きだした。
動き。いや違う。これはもっと稚拙なものだ。出鱈目に筋肉が収縮し、骨格が軋んで悲鳴を上げている。
傍から見れば〝暴走〟以外に言葉が見つからない。
「ちゃんと束縛できているみたいね……」
だからこうして封印が必要となる。
手足に巻きついた幾重もの注連縄、装甲に貼られた御札。それらはすべて〈アマテラス〉を抑えつけるために他ならない。
(三年前、黄泉比良坂のほとりから発見されて以来、コレはずっとこうだったわ……なのに、)ミヅキの背筋に冷たいものが走る。(ヒミコがヒモロギに来た途端、自らの意思で行動を始めた……。まるであの子を守るみたいに……)
結果として、すべてが〝お告げ〟の通りに事が運んでいる。
ミヅキはその事実に不信感を覚えずにはいられない。
(ううん、それだけじゃない……。この間の禍ツ忌ノ鬼との戦い……アレはいったい何をしていたの?)
今も目に焼きつき離れぬあのおぞましい光景。
端的に言えば〝〈アマテラス〉が鬼を喰っていた〟それ以外に言いようがない。
ヒミコの回復後に探りを入れてみたものの、彼女も一種の変性意識状態にあったらしく、何故あんなことをしたのか、そもそも自分の意志だったかすら定かではない、とのことだった。
謎は深まるばかりである――。
「わからないことだらけだけれど……」ミヅキは躊躇いつつ言う。「それでも、禍ツ忌ノ鬼に対抗するにはコレに頼らざるを得ない……結局は〝背に腹は代えられない〟ということね」
「人生の真理だな……人間はいつだって手にした札で最善を尽くすしかない」そこまで言ってからシマメはふと明るい声色を作った。「だがミヅキ、これが大きな前進であるのは事実だよ。何せこの三年間、誰が、どうやったって動かなかったものがとうとう動いたんだからな」
「そう、ね……」ミヅキがシマメを見遣る。「もっとも、結果としてあの子たちには申し訳ないことになってしまったけれど……」
ヒモロギでの高等巫術学校設立には、鬼との戦い以外にもう一つ隠された目的があった。
〈アマテラス〉の操者選定である。
当時はヒミコに関するお告げがまだ出ておらず、ミヅキらは血眼になって候補者を探していた。
そこで白羽が立ったのが巫術学校卒業者、中でも取り分け腕利きの少女たちである。
霊素の分泌周期の関係上、緋ノ巫女の力の最盛期は第二次性徴期が終わりを迎える一七歳頃というのが定説だ。それより年嵩で名を馳せる巫女たちは皆、衰えた力を経験や知識、技で補っているに過ぎない。
ツクヨミは〈アマテラス〉操者として、その最も輝きに満ちた時期にある少女たちに狙いを定めたのである。
だが結果は、
「あのルリカでもダメだった時点で、察するべきだったわね……」
悲惨なものだった。
高巫在籍者の中でも選りすぐり――すなわち|至高の最高水準《ベスト・オヴ・ザ・ベスト・オヴ・ザ・ベスト》――の巫女たちが、これまでに幾度となく〈アマテラス〉に接触している。
だが返ってきた反応はただ一つ。
〝拒絶〟だ。
「高巫の子らの間じゃ噂になってたみたいだぞ。なんでも〝本当に秀でた巫女には特別なお声がけがある〟とか。多分、搭乗試験に協力してくれた子たちが漏らしてしまったんだろうな……」
「それは元より覚悟の上よ。人の口に――ましてや女の口に戸が立てられるはずないもの。外部に漏らさなかっただけ、分別があったと思わないと」
「ま、そう言われればそうか」
「それにあの子たちが協力してくれたおかげで、少しずつ――氷山の一角みたいなほんの少しずつだけど、〈アマテラス〉の【でーた】が取れたんじゃない。今の改良型結界柱にしたって、〈ウズメ〉にしたって、すべてはその恩恵あったればこそよ」
あ、そういえば――ミヅキはふと話題を変える。
「〈ウズメ〉の方はどう? 修理はできているのかしら」
「順調だよ。この分なら来週頭までには稼働にもっていけるだろう……とは言っても、その実は修理というより〝造り直し〟の方が近いがな。二号機建造のために確保していた予備部品の大半を使い果たしたよ」
「そう……となるとユイナに譜ノ国へ出向して貰ったのは、結果的にちょうど良かったわね」
「ああ。異ノ国々の技術を取り入れた新型機……私も目にするのが楽しみだ」
「元・研究者の血が騒ぐ、ということかしら」
「失敬な。私は巫術研時代から変わらず現役のつもりだよ。お前から身に余る重責を押しつけられてなければ、今すぐにでもまた研究室で籠りっきりになりたいくらいさ」
「フフフ、私がそう簡単に手放すものですか。あなたみたいな優秀な人を」
「……おだてたって今日はもうこれ以上しないからな。お前の仕事は」
「あら、バレちゃった」
ミヅキは少女のようにあどけなくケラケラと笑う。
だがすぐに真剣な顔つきに戻った。
「話を戻しましょう。〈アマテラス〉が禍ツ忌ノ鬼に掛かりっ切りになる以上、今後も大型鬼の対処は〈ウズメ〉がするのが望ましいわ」
「そうだな。個人で大型鬼を相手取るなんて、それこそミヅキ並に腕が立つヤツじゃないと出来やしない」
「〈ウズメ〉用の装備の開発は進んでいるかしら?」
「ああ、〈アマテラス〉の分と合わせて順調だよ。前々からルリカ向けに調整してた装備もそろそろ仕上がる。昨日、本人にも試して貰ったが反応は上々だったよ」
「……あの子、どうだった?」
「ん? ルリカのことか? 別段変わりはなかったぞ。礼儀正しい、しっかり者だ。いつも通りだよ」
「そう、ならいいのだけれど……」
「どうしたんだミヅキ。浮かない顔して」
「いえ、ちょっとね」
凛堂ルリカ。
精鋭揃いの高巫の中でも一際抜きんでた優秀な少女である。
これまでに〈アマテラス〉の搭乗試験に最も協力してくれたのも彼女だ。
――だからこそ。
ミヅキは現在のルリカに対し、一抹の不安を覚えずにはいられなかった。




