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幻葬鬼譚 ~神話ヲ殺ス少女タチ~  作者: K. Soma
第壱話 解き放たれた少女
3/63

03

 誰だ――そんな間の抜けた問いを発するはずもない。

 

 ヒミコは振り向きざまに御幣(ごへい)で斬り掛かる。

 

 白木(しらき)幣串(へいぐし)紙垂(かみしで)を挟んだ正統派(オーソドックス)なお(はら)い棒だ。巫女装束と同じく先の獄吏(ごくり)から奪ったものである。

 

 常人が使えば玩具にも劣る得物だが、しかし侮ることなかれ。緋ノ巫女が霊気を込め()るう時、それは岩を砕き鋼をも切断する慈悲なき兇器(きょうき)へと早変わりする。

 

「チッ――!」

 

 ヒミコは舌打ちした。攻撃が食い止められたからだ。

 

 敵も御幣で応戦してくる。すなわち巫女だ。

 

 二人は互いの御幣を鞭の如くしならせ、激しい打ち合いに移行する。

 

「ああ、よかった――」敵は涼し気な態度を崩さない。「三年の【ぶらんく】があるとのことだったけれど、ちっとも腕はなまってないようね。とってもお上手よ、神越(カミコシ)さん」

 

「……知ってんのか。アタシのこと」

 

「ウチの情報部がね、調べてくれたの。神越ヒミコ。生年月日は()暦一一三年、(トウ)ノ月、()ノ週、()ノ日。明日でちょうど一七歳ね。出身は万葉(マンヨウ)県、綺浜(キハマ)群、黒砂子(クロサゴ)で、両親と年の離れた姉を早くに亡くす。以後はある人物に引き取られ、一〇歳から見習いとして巫術(フジュツ)管理省帝國巫女局に入る。とても異例の経歴だわ。表向きには後方支援隊の第三記録保管班ということだったけれど、本当の所属は……()番隊」

 

 その筋では〝死ノ巫女〟と恐れられる特殊部隊ね――女が言い終えた途端、ヒミコの斬撃が速さと鋭さを増す。限界まで高められた一閃は衝撃波となり敵へ襲い掛かった。

 

 霊気を全力で防御に回し受ける謎の巫女。それでも勢いを殺し切れず、土埃を巻き上げながら大きく後退した。

 

 両者の距離が開く。薄い月明りが二人を照らし出した。

 

 片や、腰まで届く長い黒髪をほったらかしにしたままのヒミコ。緋色の瞳。

 

 片や、同じくらい長い髪を頭の天辺(てっぺん)で一つに()った妙齢の巫女。紫色の瞳。

 

 ヒミコは敵の顔をまじまじと見据え、さも不機嫌そうに吐き捨てた。

 

「アタシも知ってんぜ、アンタのことならな……。帝國巫女局の第二六代局長サマ――夜代(ヤシロ)ミヅキ。血統書つきのお偉いさんだろ? こんなクソ溜めみてーな場所でお目にかかれるたぁ、恐悦至極だね」

 

「やっぱり三年の【ぶらんく】は大きいわね。もう古いわよ、その情報」

 

「ああ?」

 

「三年前……ちょうどあなたがここに入った年に退役したのよ。帝國巫女から。きれいさっぱりね」

 

「……ますますわかんねーな。じゃあてめー、何してんだよ。こんなとこで」

 

「あなたを迎えに来た、と言ったら信じて貰えるかしら」

 

「アタシがよっぽど抜けてると思ってるみてーだな」

 

「はぁ……そうよね。そう言うと思ってたわ」ミヅキはやれやれと首を振り、「だからやっぱり、私がこうするしかないのよね」次の瞬間、()()()()()()()()()()()()

 

「な――⁉」間一髪。ヒミコは寸前でミヅキの御幣を(かわ)す。「〝縮空(シュックウ)〟かっ」

 

 縮空。巫女が霊気を用い発現する巫術(フジュツ)の中でも最難関に位置する異能だ。

 

 端的に言えば空間を折り畳み圧縮した超高速移動である。

 

「あら知ってたの。それに初見でこうも躱すだなんて。あなたほんと、すごいわね。その……闘争本能、っていうのかしら。それとも野生の勘? いずれにせよたいしたものだわ」

 

「うる、せえ……! クソ女……!」

 

 嵐のような猛撃が次々と襲い来る。肉眼でこの動きを捉えるのは不可能だ。

 

 今は防御に全霊力を集中しどうにか耐えているが……このままではジリ貧に(おちい)る。

 

 そうなれば結果は火を見るよりも明らか。

 

(またあの豚箱に……戻されるってのかよ……!)

 

 それでは()()を果たせない。

 

 死んでいった仲間に――合わす顔がない。

 

「~~ッ!」

 

 ヒミコの思考に冷たく固い意思が張り詰めた。

 

 ヒミコは御幣を両手で握り、一際(ひときわ)大きな斬撃を飛ばす。

 

 (くう)穿(うが)つ三日月の如き巨大な衝撃波。当たれば人体などひとたまりもない。

 

「フフフフフ……」

 

 ただし、当たれば、の話だ。神速の域に足を踏み入れたミヅキにはどうということない。当然の如く(かわ)される。十全の余裕を持った身のこなしだ。

 

 それに反しヒミコは精魂尽き果てたのか、ぐったりと御幣を()らし項垂(うなだ)れる。

 

「ゆっくりと……お休みなさい、神越さん」

 

 ミヅキが縮空で一息に距離を詰めた――――――がその瞬間、()()()()()()()()()()

 

「え――⁉」

 

 これでいい。

 

 先の斬撃は陽動(フェイント)だ。敵の動きを制限するための。

 

 如何(いか)な神速といえども、来る方向と機会(タイミング)さえ読めれば手の打ちようはある。

 

「オラァアアアアッ!」

 

 ヒミコは御幣を逆袈裟(ぎゃくけさ)に斬り上げた。

 

(とった)

 

 手応えあり。敵の御幣ごと手首を斬り落とす。

 

「……へえ」

 

 だが。

 

 何か、奇妙である。

 

 それを肯定するようにミヅキは薄く笑っていた。

 

(血が……()()()()?)

 

 逆袈裟の反動を体幹で戻す最中(さなか)、気づく。

 

 ミヅキの右手。斬り落とされた手首。そこからろくに()()()()()

 

 一瞬を永遠に引き延ばしたような超集中状態だ。時が静止して見えてるのか?

 

 否、違う。間違いなく、血がでてない。

 

 粘りつくように鈍化した時の中、ミヅキは切断された右手をこちらへ向けてくる。

 

(――()()()()っ)

 

 即座にヒミコは理解した。ミヅキの右手。その切断面。

 

 そこにあったのは人体ではない。

 

 歯車、発条(バネ)、軸、(くだ)、糸……その他諸々の精緻な部品。

 

 一目で人工と知れる()()だ。

 

 さらにはその奥に潜む薄い藍色に染まった御札(おふだ)と紫の光。

 

「……まさか私に()()()を使わせるとはね」

 

 炸霊石(サクレイセキ)仕込みの義手――眩い閃光が(きら)めく瞬間、ヒミコはそう理解した。

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