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(現在)
闘ノ月、忍ノ週、仁ノ日 朝
/結界封印都市ヒモロギ
ツクヨミ 対鬼戦闘司令本部
医療棟 特別治療室
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ヒミコは呆気に取られていた。
ミヅキの話。信じられない。信じたくもない。
だが――覚えている。
いや、思い出した。
霞のように朧気な記憶だが……確かに起こったことである。
アレは。
夢ではなかった。
「……わからねーな」ヒミコが長い黒髪をガシガシと掻き毟る。「あのでけー人形……〈アマテラス〉だっけか。なんなんだよ、ありゃいったい」
「ごめんなさい――」ミヅキが視線を畳に落とした。「私にも、わかっていることはほとんどないの……ああ、そんな顔しないで神越さん。本当のことよ」
「そうはいってもよォ……」
「私だって、知っているのはほんのわずかだわ。アレが唯一、禍ツ忌ノ鬼に対抗し得る力を持つこと。そしてその力は神越さん、あなたでなければ引き出せないということ」
それだけなのよ――繊細く消え入りそうな声で呟くミヅキ。
嘘を吐いてるようには見えない。よしんば万に一つ嘘だったとしても、この水準で虚偽を通せる相手にこれ以上の駆け引きを仕掛けるのは難しかろう。
今は引き下がるより他ない。
「……んで?」ヒミコは話題を切り上げ、部屋の片隅へと視線を移した。「話はそれだけじゃないんだろ」
部屋の片隅。先ほどから白い少女が微動だにせず膝を抱え俯いている。
ミヅキは我が意を得たりとばかりに大きく頷いた。
「ええ、実はそうなの。あなたの今後についてなのだけれど――」
そこからは概ね予想通りの話だった。
これからもヒモロギで力を貸して欲しい。正式に自分の組織所属の巫女となって欲しい。必要の際には〈アマテラス〉に乗り鬼と戦って欲しい。
そんなところだ。
しかし、白い少女についての言及は一切ない。
「――ということだから、いずれ手続きの書類とかを渡すわね。それじゃ、お大事に」
あろうことかミヅキはそう締め括るや否や立ち上がり、部屋を後にしようとした。
「おいっ」流石のヒミコも面食らった様子で引き留める。「おいおいおいおいおい。何考えてんだよアンタ。あるだろーが、もっと。話さなきゃならねーことが」
誰なんだよ、ソイツはいったい――ヒミコは困惑顔で白い少女の方を目で示す。
「ソイツ……? 誰のことを言っているの」
「いるじゃねーか。そこに。陰気くせー顔した妙なガキが」
「……?」
ミヅキが首を傾げながら部屋の片隅、少女の方へと近づいた。
「!」
次の瞬間、ミヅキの足が少女の身体をすり抜ける。
「外のことを言っているの? いないわよ、誰も」
ミヅキは暢気に窓から半身を出し、キョロキョロと周囲を見回していた。
~第弐話 そうやって、生きていく 完~




