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(四日前)
闘ノ月、志ノ週、佳ノ日 明方
/結界封印都市ヒモロギ 第六結界柱付近
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その時――、
〈アマテラス〉の仮面がひび割れた。
直後、禍ツ忌ノ鬼の左腕――〝龍蛇〟が、一瞬の内に血肉の塊と化し四散する。
〈アマテラス〉が拘束の内側から力任せに破壊し尽くしたのだ。
「*************ッ!」
この世のものとは思えぬ咆哮を上げる禍ツ忌ノ鬼。
たちまち左腕が再生した。より太く、長く、逞しい龍蛇へ。
だが次の瞬間には〈アマテラス〉に握り潰される。
左腕だけではない。右腕もだ。
再生と同時に次々と破壊される。
何度も。何度も何度も何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
「欲シイ……」
やがて、とうとう禍ツ忌ノ鬼の再生力が底をついた。
両腕の復活が始まらない。
それを見て取る否や、〈アマテラス〉は鬼の脚を引き千切った。
「欲シイ、欲シイ……」
これでもう立っていられない。
禍ツ忌ノ鬼の巨体が大地を背に倒れ込んだ。
「欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ欲シイ――!」
すかさずその上へ跨る〈アマテラス〉。
夜明け前の空を仰ぎ、天に爪を立てるが如く宙を掻き毟る。
放霊索の留め具が外れ、まるで髪が解けたかのようだった。
それだけではない。
割れた仮面の下半分が完全に分離し、大口を開いて〝歯〟を剥き出しにする。
歯。そう、間違いなく歯だ。敵を噛み千切り咀嚼するための肉食獣の鋭い歯。
唾液でヌラヌラと光った赤く長い舌まで覗かせている。
「アイツガ、欲シイィィィイイィィイイイイィィッ‼」
この時になって、ようやくヒミコは気づいた。
叫んでいるのは自分だと。
〈アマテラス〉の機胎内で、霊水に肺腑を満たされ発した言葉だと。
気づいた――いや、ちがう。そうではない。もっと受動的な表現だ。
はっきりとわかっていることはただ一つ。
今の自分は自分ではない。
あたかも夢の中にいる己を見ているかのようだ。
だって。
ありえない。
あんなに憎くて、醜くて、おぞましくて、恨んでいて、どうしようもなかった鬼が――。
こんなにも。
こんなにも、胸を焦がす程に、焼き尽くす程に――愛しくて堪らないなんて。
だから壊したい。
殺したい。
「~~ッ!」
ひび割れた仮面の切れ込みの奥から、爛々と燃え盛る緋色の眼が光った。
「*************ッ‼」
禍ツ忌ノ鬼が悲鳴を上げる。
無理もない。
上に乗り妖しく腰をくねらせた〈アマテラス〉が、雨あられのように拳を振り下ろしてきた。
鉄槌が落ちる度、鬼の身体は骨ごと砕かれグチャグチャになる。
〈アマテラス〉は嬉々として舌を這わせ、鬼の血肉を削ぎ取った。
血に塗れた長い舌がグチョグチョと音を立て蠢く度、細い肩が上下に激しく動く。まるで果てのない恍惚の中で踊り狂っているかのようだ。
――やがて。
鬼の身体は徹底的に砕かれ、奪われ、蹂躙される。
残すは首のみ。
煌々と輝き膨張した一ツ角。
〈アマテラス〉はそこに長い舌をゆっくりと巻きつかせ、味わうように咥え………………そして噛み千切る。
直後、鬼のすべての力が解放され爆発が生じた。
辺り一面に飛び散る白濁とした血。
爆発の中心にいた〈アマテラス〉は真っ向からそれを浴びる。
夜明けの太陽が白に染まった緋袴を照らし出した――。




