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「か、は……!」
咽る。まるで肺の空気が残らず搾り取られたかのようだ。
周囲は惨憺たる有様である。
かつて車だったモノが散乱し、さらには燃料に引火したらしく路面に轟々と火が立ち上っていた。
「はぁ、はぁ……!」
ルリカは呼吸を整えどうにか立ち上がる。
損傷は軽くなかった。
無理もあるまい。ランカに霊素循環を搔き乱されたあの状況。霊気を防御に回すことなぞまず不可能だった。
それでもこうして五体満足で済んでいるのは、霊糸で織られた巫女装束の持つ高い耐衝撃性能のおかげである。
「やって……くれましたね……!」
一方、ランカは真逆の状況だった。
彼女が纏っていたのは値こそ張れども防御性能は度外視の異海装。故に爆発の衝撃は霊気で防ぐしかない。だが、退役して久しい上に出産を経験しているランカは霊素の分泌が著しく減少しており、せいぜい全盛期の一割に届くか否かだ。その心許ない霊気量では必然的に防ぐのにも限界があり、結果、やはりかなりの損傷を負っている。
「炸霊石仕込みの御札ですか……? 随分と物騒なモノを持っているのですね」
「……人からの貰い物です」
炸霊石。霊気の注入で爆発の指向性を変える霊石だ。御札と組み合わせれば起爆の制御など、高度な操作ができる。
今回使ったのは以前にヒミコとユイナが遊び半分で作ったモノだ。それを〝危ないから〟を理由にルリカが没収しており、宿舎の荷物をまとめる際、万一に備え懐に忍ばせていたのである。
(まさか自分が使うことになるなんて……思ってもみなかった)
ルリカが己の行動を振り返る中、
「……それで?」ランカが冷たい声を浴びせてきた。「どうしようというのです、これから」
衣服の大半が爆発で吹き飛び、ほとんど半裸じみた格好である。
それでも全身からメラメラと立ち上る威厳と怒気は、かえって増しているのだから恐ろしい。
「……先ほど言った通りです」だがルリカは、「ツクヨミへ、戻ります」一歩も引かなかった。
「私が止めても、そうするのですね?」
「……はい。たとえ母様と戦うことになっても」
本気である。
先の狭い車内と異なり、今この場なら全力を出せる。
損傷があるのはお互い様だ。
ならば勝算は、ある。
「……そうですか」ランカも同じ結論に着地したのかもしれない。突如、その肢体から力が抜ける。「一応、聞いておきましょう。何故ですか? 何故、あなたがそうまでする必要があるのです」
「そ、それは――」ルリカは一瞬口籠ったものの……ややあって、応えた。「仲間が、窮地に追い込まれているからです」ハッキリと、応えた。
仲間。
これまでに幾度も口にしてきたその言葉。
でも今この時だけは、そこに特別な意味が乗っている。
よりにもよって――あの神越相手に。
「……なら、もう仕方がありませんね」ランカはふぅっと息を吐いた。「あなたの好きになさい」
「母様……!」
意外だった。
あの母が。こうも簡単に譲歩してくれるなんて――
「なんですか、その顔は」
「いえ、なんというか、その……驚いてしまって」
「私とて、娘の成長を受け入れられぬほど狭量ではありません」
「……!」
「わかったら早く行きなさい。もう時間がないのでしょう」
「は、はい!」
言われてルリカは一目散に駆け出した。
その背を青い目で追いながら、ランカがぼそりと呟く。
「……気をつけてね、ルリカ」
月だけがそれを聞いていた。




