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「早く止めて下さい!」
とうとうルリカは叫びだした。
自分でも信じ難い状況である。
母に対し、こんなことをしているだなんて――
「聞こえないのですか⁉ 早く、止めて下さい!」
少しでも気を抜けば手が震えてしまいそうだった。声が、掠れてしまいそうだった。
それだけはいけない。
自分はこの人に、本気だと示さねばならぬのだ。
「止めてくれないのなら今すぐこの車を――」
破壊します。そう言うつもりだった。
おそらく母はそれでもこちらの要求を呑まぬだろう、と予測しつつ。
だが、
「……これでいいのですか」
意外。ランカは言った通りに車を停めてくれた。
そしてそのまま黒眼鏡を取り、ルリカに静かに語りかける。
「……それで? どういうつもりか、話してくれるのですね」
穏やかな口調とは裏腹に爆発せんばかりの怒気が全身から発せられていた。
こんなに怒りを露にした母を見るのは初めてである。
ルリカは思わず怖気づきそうになったが――それでも、真っ向から見返す。
「私は、ツクヨミに戻ります」母を。母の青い瞳を。「お帰りになるのなら、母様一人でなさって下さい」
そのまま有無を言わさず、車の外へ出るつもりだった。
だが、
「……待ちなさい」
「~~っ⁉」
次の瞬間、ランカに手を掴まれる。
物凄い力だ。まるで万力で締めつけられたかのようである。
「親に向かって、よくもそんな口を……」ランカの目が怒りで轟々と燃えていた。「私もよくよく軽んじられたものですね」
「痛っ、はな――放してください!」
「いいえ、放しません。あなたのような聞き分けの悪い子にはお仕置きが必要ですからね」
「クッ……! この、いい加減に……!」
ルリカが御幣に霊気を纏わせた――が、その刹那、鋭い手刀が利き手に浴びせられる。
それもただの手刀ではない。霊気を纏わせた手刀だ。狙いは正確で、ルリカの体内を巡る霊気の流れが一瞬遮断される。
「……まだまだ未熟ですね」
そこから先は息つく暇もなかった。ランカはこちらが手放した御幣を奪い、その上で関節を極めてルリカの上半身を窓硝子へとぐいぐい押しつける。
「知っていましたか? ここに外部から霊気を流されると、体内の霊素循環は簡単に狂うんですよ」
言ってランカはルリカの背中――ちょうど心臓の裏側あたりだろうか――に、御幣の先をぐりぐりと突きつけた。
(ち、力が……!)
入らない。あたかも首から下が、他人のソレへと挿げ替えられてしまったかのようである。
これではせいぜい微量の霊気を練れるか否かであり、拘束から逃れるのはまず不可能だ。
「まったく情けない……既に一線を退いている私にこうもいいようにされるとは」
ランカはそう言うが、これは純然たる経験の差でもある。
開けた場所での真っ向勝負ならルリカに分があっただろうが、狭い車内という限定空間では力を十全に発揮するのは難しい。
ある意味でこれは必然の結末であったし――当のルリカすら、こうなることを覚悟していた。
だからルリカは、
「ごめん……な、さい」震える声でそう告げる。「ごめん、なさい……母様」
「……今さら謝罪ですか。ですがもう遅いですよ。このままあなたを気絶させて――」
「 ごめんなさい、母様……車を壊してしまって 」
この時、ランカが常の冷静さを取り戻していればまず気づけただろう。
ルリカの手。関節を極められ拘束された手とは――逆の手。
その手が懐から一枚の御札を取り出していたことに。
「な――⁉」
次の瞬間、御札に注入された微量の霊気が信管となり、車内に爆発が生じた。




