08
「御頭⁉」
巫女頭のヨウコである。
ヨウコは神楽鈴を片手に鬼へ攻撃しつつ、もう片方でヒミコを抱え敵陣を進んだ。
「御頭! コハク姉が、メノウ姉が!」
「……ああ、わかってる」ヨウコは低い声で告げた。「みんなやられた。生きてるのはアンタとアタイだけだ」
「アイツら! 許さない!」ヒミコは目を見開き喚く。「絶対に! 絶対にだ!」
「……そうだな。許すんじゃあない。それでいい」
「放してくれ御頭! アタシも戦うよ! みんなの仇を取るんだ!」
「……今は逃げんのが先だ。山が崩落しかかってる」
「逃げる⁉」ヒミコは信じられないとばかりに口泡を飛ばす。「なに言ってんだよ御頭! みんなが! あんな風に殺されて! ……悔しくないのかよ⁉ 哀しくないのかよォ、御頭はァー⁉」
「――悔しくない訳ないだろっ‼」ヨウコが歯を剥き出しにして吠えた。「アタイが何年アイツらと一緒にいたと思ってんだ……! コハクとメノウに至っちゃ年端もいかない頃からアンタと一緒に育ててきたんだぞ……⁉」それは心の奥底からの叫び。「そのアイツらを殺されて! アタイが! そうでないと! アンタはこれっぽちでも思ってんのかい、ええ⁉」
「御頭……っ」
この時になってようやくヒミコは気づく。
ヨウコの唇。真っ赤だ。肉が千切れ血がポタポタと滴っている。
「ごめん……ごめん、なさい……御頭」
「……わかればいい。今は生きることだけを考えろ。じゃないと仇もなにもあったもんじゃない」ヨウコはヒミコを見て、ほんの少しだけ優しげに微笑む。「アンタは腕も立つ腕し素質も抜群だが、キレやすいのだけが玉に瑕だ。もっと精進すんだね」
「うん……」
「よし、じゃあここからは二人がかりだ。切り抜けるよ」
ヨウコとヒミコは最初に降りた竪抗を目指した。
あそこには旧式だが昇降機がある。
それに乗っての脱出が目的だ。
「――御頭、あぶない!」
突如、支坑から大型鬼が飛び出しヨウコを襲撃する。
まずい。ヒミコの位置からでは援護が間に合わない。
だが、
「へえ……」
ヨウコは余裕の笑みさえ浮かべていた。
彼女がひと睨みした途端、大型鬼は硬直し、それどころか次の瞬間には他の鬼へ襲い掛かる。
「コイツら、目はないくせに効くみたいだよ。アタイのコレが」
ヨウコは山吹色の〝眼〟で瞬きをした。
「まったく……ヒヤッとさせて」ヒミコはホッと肩を撫でおろす。
〝呪眼〟。
己の目を見せることで相手の肉体を意のままに操る巫術だ。
発現には数世代に渡っての特殊継承が必要なため、肆番隊はおろか帝國・民間の全巫女を探しても使い手は少ない。
「よし、これならいけるね」
実際、形勢はかなり良くなった。
ヨウコとヒミコの巫術で小型鬼を打ち払い、大型鬼は呪眼で操る。
そうして敵陣を切り進む内に、二人はとうとう昇降機のある広場まで辿り着いた。
「御頭! アイツらまだここまで来てないよ!」
「先に乗りな、ヒミコ!」
「うん!」
ここまでくれば地上は目と鼻の先だ。脱出できる。
――そう思った時、だった。
空間を。
締め潰したような音。
そんな音が聞こえた。
ヒミコは。間髪入れずに振り向く。
そこには、
「御頭ァァアアアアアァァァアアアアァァッ‼」
下半身を喰われたヨウコ。
鬼だ。またあの鬼だ。
地面から現れ出た巨大な顔。
今まさにこの瞬間。額から三本の角を生やし、メキメキと音を立て伸ばしている。
先のとは別の個体だ。
コイツらは、複数いる。
「ヒ、ミコ……!」鬼の口に囚われたヨウコが息も絶え絶えに言う。「なに、してる……!」まるで生気を吸い取られているかのようだ。「早く、逃げ、ろ……っ!」
「そんな……!」
「アタ、イは……もう、ダメだ……! わかるんだ、よ……それが……」
「やだ……イヤだよ、御頭……!」
ヒミコは。
五年前。不幸な事故で両親と姉を亡くしている。
孤児になった自分を引き取り、育ててくれたのがヨウコだ。
そのヨウコを、
「おいてけないよ……!」ヒミコはとうとう涙交じりで悲痛な声を漏らす。「それくらいなら……アタシもここで死ぬ! みんなと一緒に、ここで死ぬ!」
「まったく……」
意外にもヨウコはそれを許すかのように、力なく笑った。
「馬鹿な……子だね……アンタ、は……」
「御頭……!」
「昔っから……アンタはそうだ……一度……言いだしたら、聞かなくって、さ……」
「しょうがないだろ……! そういう風に育てられたんだから……!」
「は、それもそうか……。ほら、こっちにおいで……」
「うん……!」
ヒミコは涙ぐんでヨウコを見た。
山吹色の――――――――――――ヨウコの〝眼〟を。
「⁉」
気づいた時にはもう遅かった。
「やめて! イヤだよ! お願いだからやめてよ御頭ァ!」
動けない――いや、違う。そうではない。
自分の身体が、自分の意志とは無関係に動いている。
昇降機の方へ。
そして中へ入り、操作盤に触れた。
途端、まるで檻のような籠がゆっくりと上へ昇ってゆく。
「ふふふ……アタイの最後の……ありったけの力を込めた、呪眼だ……。破れやしないよ……」
「やだ! こんなのやだよォーッ!」
ヒミコが昇降機で上に行くにつれ、取り残されたヨウコは下へ遠ざかる。
声が枯れるほどに叫んでも、届かぬ下へ。
やがて。
ヒミコの脱出を見届けたヨウコは、遠い目をして呟いた。
「ゴメンねヒミコ……。アンタの ……」
だがその言葉は誰にも届かない。




