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同日 同刻
/結界封印都市ヒモロギ
ツクヨミ 対鬼戦闘司令本部 執務室
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「あの人が――ハヅキさんが、動いているのでしょう?」
この人は。
そんなことまで知っているのか――?
今度ばかりはミヅキも動揺を隠し切れなかった。
「せ、先輩は知ってるんですか。私の……」
母のことを。
意思ではそう言おうとしたが、実際には口に出せない。掠れたような情けない音が喉から漏れ出るのみだ。
どうしてもその言葉を使うには――あの人を母と呼ぶには、強い躊躇いが生じる。
それほどまでにミヅキの胸内に渦巻く思いは混沌としていた。
それを知ってか知らでか、
「……そう驚くこともないでしょう」ランカは話を先に進める。「ちょうどあなたと私の関係のようなモノです。私が帝國巫女局に入って間もない頃、既にあの人は局長の座に就いていて――特に巫女頭となってからは、あれこれとお世話になりました」
「そんなの……初めて聞きました」
「これまで話す機会がありませんでしたからね。昔のあなたでは聞く耳を持たなかったでしょうし」
「うぐっ……!」またもや痛いところを突いてくる。
「何より、私がハヅキさんのその後について知ったのは最近ですから」
「……そうだったんですか」
世間ではハヅキは早逝したことになっている。
しかし、真実は違う。
母はその後も生き続けていた。
時を遡り、月を読むバケモノ――〝月読ノ巫女〟として。
それを知るのは肉親の自分か、はたまたツクヨミや帝國上層部のごく一部のみである。
ランカが知らなかったのも無理はない。
「この組織……ツクヨミを実際に動かしているのはハヅキさんなのでしょう?」
「……ええ、そうです」
「では、会わせて下さい。残念ですがミヅキ、あなたでは話になりません」
「せ、先輩! それは――」
それは、まずい。
悪手である。
今、どうにかランカのことを見逃して貰えているのは、ミヅキが説得するという体だからだ。
そこを飛び越え、ランカが直接ハヅキと対峙しようものなら――向こうも最早、容赦しまい。
ましてやランカは想像以上にツクヨミの暗部に迫りつつある。ミヅキもまた、明かしたいと願ってやまぬ暗部に。
この時機で手札を晒すのは危険すぎる――。
「それは……無理です、先輩……」
そうするくらいならばランカにすべてを打ち明け、同志となって貰う方がいい。
だがヒモロギでは駄目だ。どこに〝影〟の目や耳があるかしれない。現時点でさえかなりの危険性を孕んだ会話となっているのだ。
するならば後日、ヒモロギの外がいい。出張などで機会を見つけて接触しよう――ミヅキはそう決断し、そそくさとランカに退室を促す。
「申し訳ありませんが、どうか今日のところはお引き取りを……」
「……そうですか」
ランカは立ち上がり、黒眼鏡を掛け直した。
……よかった。ひとまずこれで納得してくれたらしい。
ミヅキはほっと胸を撫で下ろすが――――――しかし、
「ならば、交渉決裂ですね」
「え」
「先日伝えた通り、ルリカは連れて帰ります」
ミヅキは完全に見落としていた。
黒眼鏡の下で、ランカの青い瞳がメラメラと怒りに燃えていたことを。




