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同日 同刻
/八砦県 琴水群
貴志摩鉱山 最下層 第九支坑
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(鬼、ねぇ……)
そう言われてもヒミコにはまるで実感がなかった。
鬼。角を生やした神話の化物。
古くより忌み嫌われ、だからこそ時として崇拝の対象にもなり得る。
ヒミコが鬼について知ってることなどそれくらいだ。
いや、自分だけではない。現代に生きる者なら皆が皆、五十歩百歩の認識だろう。
いきなり鬼と言われても御伽噺程度の実在性しか感じない。
(ま、大方それを隠れ蓑にしてロクでもねーことやってる連中がいる、ってぇとこだろうな)
御頭のヨウコも含め、全員が同じ見解だった。
もしそうならば話は早い。
ならず者どもを斬り伏せるだけだ。
――それこそ。鬼となって。
(こっちはなんもなし、か……)
しばらくして支坑の突き当りに行き着く。
最下層は坑道が分岐し、ヒミコは内の一つを探索していた。
(なら戻るとすっか)
来た道を引き返す。最初に竪抗で降りてきた広場が合流地点だ。
(……にしても、よ)
あまりに何もない。なさすぎる。
肆番隊という特殊な部隊に身を置く関係上、ヒミコは人の気配に敏感だ。
だがここには、
(命の匂いがしねぇ……)
微塵も感じられない。
人の気配どころか――人がいたという痕跡まで。
(なんっつーか……社みてぇだ)
不自然に整っている。
本来あるべき汚れや穢れが根こそぎ取り払われ、眩いばかりの純潔が、不気味なほどの空白が奇妙な圧迫感を生んでいた。
端的に言えば、居心地が悪い。
まるで〝ここはお前のいるべき場所ではない〟そう空間から拒絶されているかのようだ。
(……!)
その時。ふと敵意のようなものを感じた。
ヒミコは構えていた御幣をそちらへ向ける。
(ってなんだ。コハク姉かよ――)
ほんの一瞬の安堵。
そう、コハクだ。離れているが間違いない。
達磨のような大柄な身体の上で、メノウとお揃いの二つ結いの髪がゆらゆらと揺れている。
………。
………。………………。
………。………………。………………………。
――――――――――――――――――達磨のような大柄な身体?
「~~っ!」
ヒミコはその事実を理解したのと同時に駆け出した。
だがもう間に合わない。
というより。
はじめから手遅れだった。
何もかもが。
(コハク姉……っ!)
ゴロリと。転げ落ちた。コハクの小さな首が。
コハクは首から下を喰われていたのだ。
何に?
わからない。
見たこともない。
顔。とてつもなく大きな顔。
地面から生え出ている。
口があった。鼻があった。
でも――目がなかった。洞のように虚ろで仄暗い空白の眼窩
代わりにあるのは、三本の角。
角、角、角。
………………鬼?
もしかして、アレが鬼なのか?
そうかもしれない。
でもそんなことはどうでもよかった。
やるべきことはただ一つ――。
復讐だ。
「ウァアアアァァアアアアアアァァッ!」
よくも。
よくも、よくもコハクを。
自分の姉を――家族を!
ヒミコは御幣を振るい、いくつもの巨大な衝撃波を飛ばす。
一瞬、幽かに格子状の壁のようなものが現れたが……すぐに四散した。
衝撃波が鬼の顔面を切り刻む。
途端、周囲に飛び散る白濁とした血液。
効いている。間違いなく効いている。
だが。
結論から言えばこれは悪手だった。
(増えやがった――⁉)
飛び散った血から新たな鬼が生まれる。
一本角の小さい鬼。二本角の大きな鬼。
それらが無数に。
(しまった……!)
突然現れた鬼の群れとの戦い最中、ヒミコは虚を突かれる。
小型鬼が飛び掛かってきた。
だが、
(⁉)
鬼は宙で串刺しにされる。
何に?
爪。爪だ。鋭く長く伸び、硬質化した爪。
「メノウ姉!」
彼女の得意とする肉体操作系の巫術である。
ヒミコは御幣で鬼を掻き分け、爪の来た方へと跳んだ。
(まずい、あれじゃあ……!)
どういう訳かメノウはうつ伏せに倒れていた。
ヒミコはすぐさま彼女を抱き起こそうと――――――軽い。
軽すぎる。
いくら小柄なメノウといえどもあり得ない。
ヒミコは見る。
メノウを。
その下半身を。
ない。
空白だ。
噛み千切られて――既に事切れている。
ヒミコはようやく理解した。
メノウは。
自分のもう一人の姉は。
落命の間際、最後の力を振り絞って……自分を助けてくれたのだと。
「……お前ら」
ヒミコの中で加速度的に怒りが膨張する。
「お前らァァァアアアアァァアアアッ‼」
次の瞬間、首根っこを掴まれた。




