02
少女。名を神越ヒミコという。
その足元には二つの死体が転がっていた。
「………。………………。………………………。」
ヒミコは淡々と死体から巫女装束を剥ぎ取る。一つで血を拭い、もう一つを身に纏った。
血を吸って光沢と重みを帯びた緋袴を放る。ふわりと広がった袴が死体の顔を覆った。まるで死者への弔いに掛けられる面布のようである。
だが。
ヒミコの思惑は違う。そうではなかった。
一度、二度、三度。鉄槌の如く踵を叩き落とす。
どこへ? 死体の顔目掛けてだ。
緋ノ巫女は血中の霊素を消費し霊気とすることで常人離れした身体能力を発揮する。
そんな力で執拗に踏みつければどうなるかは自明のこと。
あっという間に頭骨が砕け、緋袴の重みがいや増した。
続けざまにもう一つの死体へ同様の処置。
ヒミコの顔に浮かぶのは勝利の喜びではない。報復の愉悦でもない。死者への蔑みでもない。
純粋な無関心だった。
すべきことをすべき時にする。歯車のような正確で冷たい意思だけがそこにあった。
身元の確認が困難なほどに死体が損壊されると、ヒミコはすぐさま扉の方へ。幽かに開けて室外の様子を探る。光に慣れぬ目がほんの少し不調を訴えた。見回りはいない。
――そこからのヒミコの行動は早かった。
手あたり次第、次から次へと囚人を開放する。仲間意識からの行動ではない。単に己の脱獄の迷彩とするためだ。
同様の理由であちこちに放火し、可能な限り電気設備を破壊する。
瞬く間に尾沼崎特異指定監獄所を混沌が支配した。
ヒミコは時に集団脱走を呼びかけ、時に闇に紛れ職員を暗殺し、やがて監獄の外に出た。
(……変わらねーな、三年前と)
夜空には白き月が昇っていた。
月。月の光。霊素を生む緋ノ巫女の力の源泉とも言われている。
いつ以来だろう。鉄格子越しではない月を見るのは。
覚えてない。やはり三年前のことかもしれない。
ヒミコにとって、時間はもはや意味を為していなかった。
「――良い夜ね、無謀な巫女さん」
その時。
突如として背後を取られた。