05
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(三日後)
闘ノ月、忍ノ週、修ノ日 夜
/結界封印都市ヒモロギ
ツクヨミ 対鬼戦闘司令本部
月魅ノ塔 最上階 神託ノ間
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ミヅキは精緻な造りの顔を曇らせていた。
いつものことである。
この場所を訪れる時は――。
「……失礼します」
扉を開け、神託ノ間へと入る。
周囲は球状の天井を含め全面が硝子張りだ。夜のヒモロギがよく見渡せる。
中心にあるのはかつての貴志摩鉱山の跡地、黄泉比良坂。そこを取り囲むように観測・防衛拠点が配置され、それより外側では宿舎や生活施設の灯かりが煌めく。外周付近には計九つの結界柱が等間隔に聳え立ち、〝中〟と〝外〟を隔てる障壁が伸びる。
幾重もの結界で彩られた夜空。その境界線を越え、首が痛くなるほどに高く天を仰げば、やがて白き月が姿を現す。
少女は月を見ていた。
「〝月読ノ巫女〟さま」ミヅキが恭しく跪く。「先日の禍ツ忌ノ鬼との戦闘の最終報告書を届けに参りました」だがその紫の瞳はどこか冷たい。
というより――不自然によそよそしく振る舞っている。
「……読んで頂戴」
少女が繊細い声で言った。
少女。奇妙な少女である。傍目には一〇歳に届くか否かの幼さだ。
だが一心不乱に月だけを見詰め続ける紫の瞳は超然としており、そこだけを取ると三十路を控えたミヅキより一回りも二回りも年嵩に映る。
――紫の瞳。
そう、二人は同じ色の目をしていた。
「……では報告します」
少女の指示に従い、ミヅキは淡々と報告書を読み上げた。
――逆らえるはずがない。
帝國巫女局長を辞して以降、ミヅキが統括司令官として籍を置く〝ツクヨミ〟は、組織図上では枢密院直属という体だ。
だがその実態は違う。枢密院があるからツクヨミが結成されたのではなく、ツクヨミあったればこそ枢密院が――そもそもは大緋帝國が生まれたのだ。
ツクヨミは建国以前の遥か昔からこの地を、そして今では世界を影から牛耳る組織である。
ミヅキの眼前にいる少女――〝月読ノ巫女〟は言うなればツクヨミそのもの。
本来の〝ツクヨミ〟とは代々御役目を担ってきた彼女たちを指す言葉なのである。
「……報告は以上です」
相応の時間をかけ、ミヅキは報告書を読み終えた。
戦闘被害、結界柱の修復状況等、すべてである。
無論、〈アマテラス〉のあの禍々しき狂態も――。
だが、
「ご苦労様」
少女の言葉はそれだけだった。
「~~っ!」
瞬間、ミヅキは歯噛みする。
わかっている。
理性では、わかっている。
もうこの人に何を言っても無駄なのだと。
それでも。
それでも、感情は収まりがつかず暴発した。
「畏れ多くも、月読ノ巫女さま――」
「ミヅキ。まだなにか?」
「私には皆目見当もつきません」ミヅキは躊躇いを隠し切れずに面を上げる。「〈アマテラス〉とはいったいなんなのですか」そして少女を見た。「アレは本当に……人の手で御せるモノなのですかっ」
自分にはとてもそうは思えない――ミヅキの目ははっきりと告げていた。
しかし、少女はそれを見ようともしない。
「案ずることはありません。霊式駆動人形〈アマテラス〉。鬼を討つ機械仕掛けの巫女。それを繰る穢れた巫女……すべては月神様の〝お告げ〟通りです」
お告げ。またそれだ。
そうやって、何一つ答えようとしない。
……はじめから、わかりきっていたことだった。
「っ、失礼します」
少女に――そして少女に何かを期待した自分自身に嫌気がさし、ミヅキは退座の意を伝える。
それでも少女は一瞥もくれず、依然として月だけを見詰め続けていた。
(もう……二〇年が経つのね。この人が私のことを見てくれなくなってから)
少女の名は夜代ハヅキ。
ミヅキの実の母親だった。




