04
飛び散る白濁とした鬼の血。
ヒミコは、〈アマテラス〉は、返す手刀で残るもう一本の腕を落としにかかる。
だが、
(なんだ――⁉)
嫌な気配。己の直感を信じ後方へ跳ぶ。
その軌跡を追うかのように白い何かが勢いよく空を食んだ。
(再生……んなこともできんのかよ)
紙一重で躱したヒミコはその正体を見極める。
左腕。〈アマテラス〉の手刀で斬り落とされたはずの左腕。
先が大蛇のような巨椀だったとしたら、今は〝龍蛇〟だ。
龍蛇。水と土を司る神話の蛇。
前よりもさらに大きく、長く、太い。手は裂けんばかりに大きな顎となっている。
そんなモノが新たに生えていた。
(喰ってやがる……自分で、自分の手を)
〈アマテラス〉を仕留め損なった龍蛇は先に斬り落とされた左腕を貪り喰らう。
(ああそうか………………飢えてんだ。アイツらも)
何故か。
ヒミコはそう直感した。
自分が自分でないような違和感。
そんな違和感に少しずつ心と身体が浸食されていく――。
けれども彼女はそれに気づかない。
(角を、落とす……そうか、それでいいんだ)
〈アマテラス〉の頭部、放霊索の束――まるで黒髪を簪で結ったかのようだ――が揺れた。
次の瞬間、接近戦。
龍蛇に喰らいつかれるより早く、相手の懐に飛び込む。
一拍置いてから巨大な顎が襲い掛かってきた。
だがもう遅い。
(……とった)
〈アマテラス〉は両手で三本角の両脇を握り込んでいる。
直後、力任せにへし折った。
(とった、とった、とったァ――)
胸を燃え上がらせるような高揚感。
抑えつけようのないときめき。
「アハ」
今のヒミコにとって、それだけがすべてだった。
「アハハハハ」
それさえあれば、あとは何もいらなかった。
「アハハハハハ、ハハハハハハハハハハハハハ――ッ!」
だから、かもしれない。
この時、彼女は決定的な過ちを犯していた。
(な――)
角は鬼の力の源泉。それは間違いなく正しい。
だが。
禍ツ忌ノ鬼の場合、角にはもう一つ役割がある。
〝制限装置〟だ。具象化した自己の存在をこの世に定着させるための。
〈アマテラス〉が折った二本の角はまさしくそれに他ならない。
(やばい――!)
戦略的にはこれで此度の戦いは人類側が制したも同然だ。
制限装置を失った禍ツ忌ノ鬼は数分も経たぬ内に内部から自己崩壊する。
ただしそれまでの間――枷から解き放たれた本来の力で破壊の限りを尽くすが。
(角、が……⁉)
禍ツ忌ノ鬼の額に残った一本の角が煌々と光を放ち、膨張していく。
ヒミコは即座に距離を取ろうとするも――不覚。それより早く龍蛇に巻きつかれた。
そのまま凄まじい力で締めつけられる。
「ぐぅ……っ⁉」
骨格が悲鳴を上げた。
右腕が潰れされる。
蛇身が腹を抜け、胸を登り、首の上まで圧迫してくる。
それらは〈アマテラス〉の痛みであり、ヒミコの痛みでもあった。
「が、は」
ヒミコの意識が朦朧となる。
その時――、
〈アマテラス〉の仮面がひび割れた。




