18
どうしてこんな簡単なことに気づけなかった――?
三日前。
そう、すべては三日前の夕方での出来事だ。
下校中にハクがユイナに気づき、その後、会話の最中で突如姿を見失ったと思ったら――すぐそばまで接近されていたあの日のこと。
おそらく実際に起きていたのはこういうことだろう。
まずユイナは〝雷密符〟を展開し、自分を尾けていた。しかしハクが気づき、ヒミコが振り向こうとすると〝雷惑符〟を展開。つまり、ヒミコが話していたのは幻像の方だったのだ。その間に本体は〝雷密符〟で身を隠したまま接近する。そして、頃合いを見計らって幻像を消すと同時に姿を現した……そんなとこだろう。なんとも凝った手口である。
ここで重要なのは――自分は気づけなかったにもかかわらず――ハクがいとも容易くユイナの接近を察したことだ。
思い返せばハクはルリカを指しこう評している。
〝アオのヒト〟
一方でユイナはこうだ。
〝キイロのヒト〟
おそらく自分なら〝ヒイロのヒト〟になるのだろう。
ハクは霊気で人を識別しているのだ。
霊気。
緋ノ巫女は平時でもごく僅かに体表からソレを放出している。
普通ならまず気づけぬ微量な量であるが――ハクにとっては違うらしい。
だから、あの〝雷密符〟ですら隠し通せぬのだ。
(ってぇことは――!)
……わかっている。
ヒミコとて、わかっている。
これは明らかに論理の飛躍だ。
だがそれでも――絶対に正しい、という不思議な確信。
ハクができるのなら、鬼もできる。
だからああして幻像の〈アマテラス〉には目もくれず、執拗に〈サグメ〉だけを狙い定めているのだ。
(……どうする)
とうとう。
後送りにしてきた問題に〝答え〟を出さねばならぬ時がきた。
ヒミコの中の理性は玄人としてこう言っている。
『どうする、だと? 答えは一つだ。己の任務を果たせ。敵を討て』
一方、ヒミコの感情は声高に叫んでいた。
『鬼を殺せ! 鬼を殺せ! 鬼を殺せ! それが死んでいった仲間たちへの手向けだ!』
理性と感情。
それがすべてだ。すべてのはずなのに――ヒミコの心の中には、まだ〝何か〟がある。
その〝何か〟はヒミコに静かに告げていた。
『このままでいいのか? いや、いいはずがない』
どうにかしろ、ということか?
でも無理だ。
絶対に、無理だ。
まず、ここからでは距離がありすぎる。
巨神たる〈アマテラス〉の機動力でもまず間に合うまい。
もし〈アマテラス〉で〝縮空〟が使えれば――いや、やはり駄目だ。
この距離。如何に縮空で連続跳躍しようとも、そう簡単には詰められない。その前に第一射を打たれ時間切れだ。
そもそも〈アマテラス〉での縮空に無理がある。この巨体が通過できるほどの圧縮空間の展開には生身の時以上に繊細な制御感覚が必要だ。自分がやったところで圧縮を維持できず、最悪、対消滅級の被害が出るかもしれない。
それに。
どうするのだ?
ユイナの下に駆けつけたところで、できることは何もない。
この間の二の舞だ。
対消滅を利用した敵の砲撃は――本部では〝対消滅砲〟と識別されている――防げない。
事実、そうだった。あの攻撃は〈アマテラス〉の〝天ツ玉垣〟すら優に貫いてくる。
だから。
やはり、こうだ。結論は、こうだ。
何もできない――。
『ねえ』
突然のハクの声。
(……あんだよ)
『どうしたいの。ヒミコは』
何故だか不機嫌極まりないソレである。
(……わかんねえ)
嘘偽りのない本心だ。
それ以外に言いようがない。
ただ――、
(このモヤモヤにケリをつけてーとは思ってる)
それもまた事実だった。
『そう』短く呟くハク。『なら、そうすれば』やはり不機嫌そうだ。
(それができねーからアタシは――)
『できないことなんか、ない』
束の間の沈黙。
否――絶句。
『この神体のチカラは、こんなものじゃないもん』
次の瞬間、巨神の姿が闇に沈んだ。




