11
╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━╋
同日 同刻
/結界封印都市ヒモロギ 第六結界柱付近
╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━╋
ミヅキは呆然と立ち尽くしていた。
あまりにも。
あまりにも大きすぎる。
禍ツ忌ノ鬼。
ミヅキもこうして直接目にするのは初めてだった。
意外にも、その姿は人に酷似している。骨格、肉の付き方はほぼ同じだ。
ただし左腕だけが違う。異様に長い。右に比べて二倍近くあり、関節の数も多い。
腕、というよりあたかもそこだけを大蛇に挿げ替えたかのようだ。
「鬼が……鬼を生んでいるというの……⁉」
悪夢のような光景だった。
まさしく黄泉返リ。地に塗れていた鬼の死骸がグズグズに溶け、一つに混じりあったかと思うと……突如破裂し、飛び散った肉片から小型鬼と大型鬼が形成される。
(なんてこと……あの鬼自体が一つの巨大な鬼門なのだわ。アレを討たない限り、延々と敵が湧き続ける……!)
禍ツ忌ノ鬼の地位は一目瞭然だ。
顔。洞のように虚ろで仄暗い眼窩は他の鬼と同じである。
違いは――角の数。
小型鬼が一、大型鬼が二に対し、禍ツ忌ノ鬼は額中央とその両脇に計三本の角を有していた。
すなわち〝三ツ角〟の鬼。
頂きに君臨する鬼の王。
(どうすれば――いったいどうすればいいの⁉)
ミヅキは知っている。この状況を打破できる唯一の可能性。
それは間違いなくあの少女、神越ヒミコに他ならない。
(けどもう遅い……。間に合わないわ。今から本部へ行くなんて……)
どう考えても無謀である
鬼は本能で緋ノ巫女を敵視しているのだ。
禍ツ忌ノ鬼とてそれは例外ではない。今も長い左腕を振りかざし、
「ッ、ただちに散開なさい!」
鞭の如く地面に叩きつけた。
いち早く我に返ったミヅキが他の巫女に呼びかける。
だが遅い。数名が逃げ遅れ犠牲となった。
伝播する恐怖。錯綜する混乱。
椿組、桜組共に総崩れとなった。指揮系統の回復など到底見込めない。
「いけない、結界柱が――!」
結界柱。十重二十重にも織り込まれた巫女の力の結晶だ。
鬼にしてみれば自らを縛る忌まわしき鎖である。当然、標的にならぬはずがない。
結界柱がすべて壊され、鬼がヒモロギの外へと放たれた時――世界に破滅が訪れる。
「オラァアアアアッ!」
八方塞がりの絶望の中、ただ一人、闘志を絶やさぬ者がいた。
ヒミコである。
「神越さん⁉」
屋根の上から御幣を振るい衝撃波を飛ばしていた。どういう訳か、その横には椿組の巫女が一人、唖然として座り込んでいる。あれはいったい……?
「とうとう見つけたぜェー⁉ 三本角ォオオオオッ!」
ヒミコは立て続けに衝撃波を放つ。
だが駄目だ。効いてない。
まず尺度差がある。人と大型鬼が兎と羆なら、禍ツ忌ノ鬼とは鼠と象の開きだ。如何な緋ノ巫女といえども生身で有効打を与えるのは至難の業である。
しかしそれ以上に、
「〝天ツ玉垣〟……⁉」
格子状に浮かび上がった白き光の障壁場。あれが問題だ。当たった瞬間から衝撃波が掻き消されている。
「こちらの攻撃は通用しないのだわ……!」
何もかも〝お告げ〟の通りだ。ミヅキは悔しさを隠し切れず唇を噛む。
とその時、禍ツ忌ノ鬼がヒミコの存在に気づいた。
結界柱から目を放し、ゆっくりと彼女の方へ振り返る。
途端、ヒミコは屋根から屋根へと飛び移った。
神速――ではなく、緋ノ巫女としての平凡な速度――いや、それ以下だ。
片足を庇っている。
「いけない、あの子――!」
ミヅキはようやく理解した。先ほどヒミコの隣にいた椿組の巫女。おそらく彼女を救って負傷したのだ。
助けなければ。自分の縮空で間に合うか?
ミヅキは圧縮空間を連続で跳び、ヒミコに近づく。
あと少し。
あと少しだ。
(あと一回跳べばあの子のところまで辿り着く――!)
だが次の瞬間。
巨大な足がヒミコのいた場所を踏み抜いた。




