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幻葬鬼譚 ~神話ヲ殺ス少女タチ~  作者: K. Soma
第八話 触れた指先

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04

 先述の通り、緋ノ巫女で〝百合(ユリ)〟を(たしな)む者は数多い。

 

 だがその中で〝ガチ〟となるとほんの一握りに限られる。

 

 大抵は男に向けられぬ情欲を(同性)で発散させているだけなのだ。

 

 (ゆえ)にどの巫女も退役が見えてくる年齢に差し掛かると、一転して脇目もふらず男を作り家庭に収まる、というのが(つね)である。

 

 無論、その頃には〝百合〟に走った事実など綺麗さっぱり忘却の彼方(かなた)だ。古来、都合の悪い事実を忘れることにかけて女の右に出る者はいない。

 

 ()()()()()――そう、文明の発達に知性が追いつかぬこの国では根深い差別と偏見が存在しており〝百合〟もまたその槍玉(やりだま)に挙げられる一つなのだ。

 

 ましてや〝ガチ〟ともなれば世間の風の冷たさは身を()てつかせんばかりである。

 

 とはいえ、だ――。

 

 ヒミコも元・()番隊。決して型に(はま)った女ではない。

 

 自身が〝百合〟を(たしな)むのもあり、純粋に〝ガチ〟というだけなら何も気にかけない。〝本人たちがいいんならそれでいいんじゃね〟というのが嘘偽りのない腹である。

 

 問題はあくまで――緋ノ巫女が〝ガチ〟の場合に限るのだ。

 

 最悪、()()()()()

 

 これは確たる科学的証拠はなく、あくまで緋ノ巫女の人脈(ネットワーク)で代々語り継がれてきた話に過ぎぬのだが――それでも、多くの者が経験でその正しさを認めざるを得ない法則。

 

 端的に述べるとこうである。

 

 緋ノ巫女が〝ガチ〟に走ると()()()()()

 

「でも――」ルリカが困惑しつつ訊き返した。「そんなの、所詮はただの噂話に過ぎないんだろ?」

 

「……いや、ちげーな」ヒミコが重々しく首を振る。「少なくともアタシは一つ、実例を見てきた」

 

 何を隠そう、肆番隊にもガチの者がいたのである。

 

 それも二人。

 

 マユリとサユリの(ペア)だ。

 

 ただ幸いにも彼女らの場合、思慕(しぼ)の情の向く先がお互いであったので、周りに手が伸びることもなく、万事上手くいっていた(自分たち以外に何も見えてないんじゃないか、ってくらいに四六時中ベタベタしていたが)。

 

 だがそこへ。

 

 ある日、同じく肆番隊に所属するハザマという巫女が一石を投じる。

 

 投じて、しまう。

 

 酔った勢いでサユリに手を出してしまったのだ。

 

「そ、それで」ルリカが固唾(かたず)を飲み込む。「どうなったんだ……⁉」

 

「最悪だった」

 

 最悪。そうとしか言いようがない。

 

 最愛のサユリに手をつけられたマユリが悪鬼羅刹(あっきらせつ)の如く暴れ回り、途中から開き直ったハザマが迎え撃って本気の死闘。他の隊員もいつしか戦いに巻き込まれ、結果、当時使っていた拠点が全壊した上に負傷者が続出した。

 

 最終的に巫女(がしら)のヨウコが三日三晩、両者の説得に時間を(つい)やしどうにか収束したものの……その間に出た被害は(はか)り知れない。

 

 大袈裟(おおげさ)ではなく、地図の修正を求められる水準(レヴェル)で地形が変わっていた。

 

 辺りに民家がなかったのがせめてもの救いである。

 

 ハザマは格闘戦の専門家(エキスパート)のため大規模破壊は不得手であり、そのほとんどは怒りに我を忘れたマユリの仕業(しわざ)だった。

 

「言っとくがよ」ヒミコが冷や汗を流しつつ遠い目をした。「マユリは普段からそんなんじゃなかったんだぜ。冷静っつーか物静かっつーか……とにかくそういう【たいぷ】だったんだよ。むしろその点じゃハザマの方がよっぽど無茶な性格してて御頭(おかしら)でさえ手を焼いてたくらいだ。それが、よぉ――」

 

 鋼の結束の肆番隊にヒビが入ったのは後にも先にもアレ一度きりである。

 

 どうもヨウコは過去にもこの手の面倒事を経験していたらしく、騒動が片づいた際、最後にポツリとこう呟いていた。

 

『いいかいヒミコ。アンタがこれから先、どんな女と寝るかは知らないが……アンタが〝ガチ〟でない限り〝ガチ〟の相手はすんじゃないよ。じゃないとお互い痛い目を見るだけだ』

 

 ヒミコは〝ガチ〟ではない。

 

 他の多くの巫女と同じく、男に手を出せぬから女に走ってるだけである。

 

 ヒミコはそれらのことを懇々(こんこん)とルリカに言い聞かせた。

 

「――だからアタシがあの金髪と寝ることはねえ。御頭(おかしら)がああ言ってた以上、コレはアタシにとって譲れねぇ一線だ」

 

「なるほど、なぁ……」ルリカは納得と同時に顎に手を()って考え込む。「でも神越(カミコシ)、ならいったいどうするんだ? 言っておくが、ユイナはそうそう簡単に諦める性格ではないぞ」

 

「そぉぉぉおおなんだよなぁぁぁぁああああぁぁ~!」

 

 ヒミコはガバッと頭を抱え前へ後ろへと激しく身体を揺すった。

 

 ……なんだか必死に起き上がろうとする団子虫のような動きである。

 

 もののあはれを感じさせた。

 

「あの野郎、アタシの話に耳を貸そうともしねえ……!」

 

 腕づくで解決するならそうしている。

 

 というか昨日、いきなりかまされた接吻(キス)の直後にボコってはいるのだ。

 

 だがユイナは。

 

 (ひる)むどころかむしろ目をキラキラと輝かせ〝もっと自分を清めてくれ〟だのなんだの(わめ)いて一層強く(すが)りついてきた。

 

 あの常軌を逸した目の輝きは、方向性こそ違うものの、どことなく暴走時のマユリを彷彿(ほうふつ)とさせる。

 

「なあ、凛堂(リンドウ)――」と、そこでヒミコがふと我に返る。「お前はいったいどうしたんだ? 多分、()()()()()()()()

 

 思い返せば昨日ユイナがルリカに取っていた態度は、今自分に向けられているモノとだいぶ異なる。

 

 なんというか……恋の只中にあるのではなく、むしろその逆で、失恋を引き()っているような感じだった。

 

「ん? ま、まあ……そう、だな……」ここにきてルリカは初めて言葉を濁す。「たしかに、やったといえば……やったんだが……」

 

「何をやったんだよ。それで多少はアイツの動向を抑えられたんだろ? それを教えてくれよ」

 

「……結論から言えばこうなる。()()()()()()()()()()()

 

「説得……?」

 

「ああ、ユイナの気持ちは嬉しいし、これからも友人ではいたいと思うが……恋人にはなれない。そんなことをずっと言い聞かせたよ」

 

「なんだ、そんだけいいのかよ――」

 

()()()()()()()()()()()()

 

 ピシリ。一瞬にしてヒミコが凍りついた。

 

「い、一年……⁉」

 

「ああ、一年」ルリカは深々と頷く。まるで長い旅に出ていた夢追い人が過去を振り返るかのように。「高巫(高等巫術学校)に入って最初の頃は普通に友達付き合いをしていたんだが……その一年後くらいにな、ある日突然思いを()げられた。今のお前みたいに。それでそこから一年近くかけて……説得した。そうせざるを、得なかった」

 

 ようやっとユイナが諦めてくれたのは、今年の春のことである。ちょうど三年に進級した頃だ。

 

 その直後、ユイナは()ノ国へ向け旅立っている。

 

 表向きは新型機(〈サグメ〉)の開発に試験操者として同行とのことだったが――

 

(多分、失恋旅行的な意味もあったんだろうなぁ……)薄々ルリカはそう察している。(本当に……思い立ったら一途というか、なんというか……)

 

 ユイナの唯一の欠点。それは制動(ブレーキ)を持たぬことだ。ルリカはそう評している。

 

 そこにさえ目を瞑れば、実のところ中々に根はいいヤツなのだ。

 

(実際、一年の頃は友達として過ごしてて普通に楽しかったしなぁ……)

 

 その意味では昨日、ユイナに唐突な別れを告げられた際、ルリカは解放されたという気持ちと同時に――懐かしい旧友と再会できたような奇妙な喜びも感じていた。

 

「一年、いちねん、イチネン……?」

 

 それどころかヒミコがこうしてアレな感じになっている様を見ると、ルリカとしては俄然(がぜん)、応援したい気持ちすら湧き出てくる。

 

「ん?」

 

 とその時、脈絡もなく〝スタッ〟と着地の音がした。

 

 目の前で。ルリカの目の前で。

 

 まるで昨日の光景の焼き直しのように。

 

「やあ、ユイナ」

 

「あら、ルリカ! ご機嫌いかが⁉ まったく今日は素晴らしい日ね!」

 

「うむ、本当にな。最高の一日だよ」

 

「ところでヒミコを見なかったかしら⁉」

 

「ん? アイツならそこに――」

 

 既に影も形もなし。

 

縮空(シュックウ)〟の無駄遣い、ここに極まれり。

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