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幻葬鬼譚 ~神話ヲ殺ス少女タチ~  作者: K. Soma
第壱話 解き放たれた少女
1/66

01

╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━╋

 (トウ)ノ月、()ノ週、(シュン)ノ日 夜

 /()(ミヤ) 房玲(ボウレイ)群 尾沼崎(オヌマサキ)特異指定監獄所

  北東区 地下四階 第二特別隔離室

╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━╋

 

 暗い室内に一人の少女が座っていた。

 

 少女の両手は(まゆ)(くる)まれたかのように封じられている。

 

 手だけではない。爪先から顔に至るまで全身だ。毛筆でびっしりと咒文(じゅもん)が書き込まれた包帯でぐるぐる巻きにされている。

 

 腰まで届く長い黒髪と包帯で浮かび上がった未完成の骨格だけが、(かろ)うじて少女を少女たらしめていた。

 

「……ほら、早く入んなよ。見つかんない内に」

 

「で、でもセンパイ――」

 

「いいから」

 

 暗がりに幾許(いくばく)かの光が()した。だがすぐに消える。闇の再訪と共に二人の獄吏(ごくり)這入(はい)って来ていた。

 

 白衣(びゃくえ)緋袴(ひばかま)――()()である。

 

 より正しくは〝()ノ巫女〟。今や天下に覇を唱える大緋(ダイヒ)帝國の最強戦力。時に〝人間兵器〟とも呼称される異能の力を授かった女性(にょしょう)たち。

 

 (つね)であれば獄吏のような閑職(かんしょく)とはあまりに縁遠い。帝國、民間を問わず活躍の場に事欠かぬ貴重な身だ。

 

 にもかかわらず、ここ尾沼崎(オヌマサキ)特異指定監獄所では職員の大半が緋ノ巫女で構成される。

 

 何故か? その理由は単純である。

 

 ここに投獄される囚人たちもまた、緋ノ巫女に他ならぬからだ。

 

 ――そう。この少女も。

 

「おーい神越(カミコシ)、生きてっかー。あー?」

 

 二人の獄吏の内、年嵩(としかさ)の方が少女の黒髪を無造作に掴み、乱暴に引っ張る。

 

「センパイ……⁉ やばいですって! そいつ一級囚人なんですよ⁉ もっと慎重に――」

 

「なーに言ってんだか。咒牢帯(ジュロウタイ)でこんだけ雁字搦(がんじがら)めにした上に何本も鎮静剤の【かくてる】キメてんだよ。残ってるワケないじゃないか、意識なんて」

 

「あ、ちょっとっ」

 

「ほらほら、御開帳ー」

 

 するすると包帯が解かれ、少女の(かんばせ)(あらわ)になった。

 

「ははは、見てみなよこのマヌケな顔。よだれはダラダラで目は開きっぱなし。焦点もあっちゃいない。こりゃ完全に飛んでるね。アッチの世界に」

 

「あ、ホントだ……よかったぁ。もぅ、先輩てばー。アタシどきどきしちゃいましたよぅ」

 

「まったく気が小さいんだからアンタは。そのクセやる時ゃアタシよりよっぽどえげつないことするクセに。……あ、ほらここ。このほっぺのえぐーい傷とか。アンタだよね、コレやったの」

 

「えー、そうでしたっけぇ? わかんなぁい。あはははは」

 

「あーあ、かわいそーに。女の子の顔、キズモノにしちゃってさー」

 

「まぁいいじゃないですか、そぅいうのぉ……それよりほら、」

 

 そろそろやっちゃいましょうよぉ――年少の獄吏がそう切り出すと、室内の空気が一変した。

 

「……だね。よし、アタシは外を見張ってる。アンタはその間に済ませちゃいな」

 

「あ、センパイ。薬、渡して貰っていいですか?」

 

「おっとそうだったね。ほら」

 

「どーもぅ」

 

 硝子(ガラス)瓶が手渡される。中にはごく少量の液体が入っていた。

 

「にしてもコイツもついてないですよねぇ。まっさか()()()()()になるなんてぇ」

 

「まったくさ。今になって引き渡し……? 冗談じゃない。そんなことしたらアタシらの()()()()がバレちゃうじゃないか」

 

「そぅそぅ。だからコレは、仕方のないことなんですよねぇ。どーせいつものことですからぁ、死人と気狂いだけがここから出られるってゆーのはぁ」

 

「はは、アンタもわかってきたじゃないのさ。この分ならアタシがいつ引退しても安心だね」

 

「………。」

 

 ごぽ。

 

「んっ――いや大丈夫だ。見回りが来たけどもう行ったよ」

 

「………………。」

 

 ごぽ、ごぽ。

 

「ま、とはいえアイツも神越でさんざん遊んだクチだからねー。いざとなりゃ口を合わせてくれるだろうけど」

 

「………………………。」

 

 ごぽ、ごぽ、ごぽ。

 

「……ちょっと。ナニ黙り込んでんのさ。急に」

 

 ごぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽっ。

 

 この時になってようやく。

 

 年嵩の獄吏は扉から目を離し、振り向いた。

 

 後ろへ。一仕事済ませたであろう後輩の方へ。

 

(……さっきからなんの音? (せき)でもしてんの)

 

 そんな暢気(のんき)なこと考えながら。

 

「ヒッ――!」

 

 もちろん。ちがった。咳なんかじゃ、なかった。

 

 間欠泉(かんけつせん)のように勢いよく血が噴き出している。

 

 どこから?

 

 後輩の()から。

 

 いつの間にか床に仰向けになって倒れている。

 

 ――()()()は。

 

 後輩の喉から噴き出す血を。

 

 ()()()()()

 

 ()()()()()

 

 嬉々として。

 

 これには二つの理由がある。

 

 一つ、咒牢帯(ジュロウタイ)を血で塗り潰して無効化するため。

 

 二つ、咒牢帯(ジュロウタイ)で失われた霊素を取り入れるため。

 

「お、お前ェエエエエッ!」

 

 即座に御幣(ごへい)――所謂(いわゆる)(はら)い棒だ――を抜き、少女に襲い掛かる獄吏。

 

 だが。

 

 すべてが遅かった。

 

 状況の判断も。するべき対応も。そして何より――命を落とした後悔も。

 

 少女は力尽くで咒牢帯(ジュロウタイ)を引き千切り、獄吏の喉笛を食い破った。

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