家の中
渡辺には、少し強い言い方をしてしまった。
今まで、そんなことは一度もなかったために、彼は驚いた様子だった。
しかし、あれくらいは言っておかないと。もう段位でも実績でも俺の方が優秀だ。
それより、俺は次のリーグ戦に備えるべきだ。
リーグ戦、それは奨励会三段が、正式なプロ棋士になるための試験みたいなものだ。
リーグ戦には毎年、数十名ほどの棋士が出場し、その中でもリーグ戦に優勝しプロ棋士になれるのは、たった一人といったルール。
今まで頑張ってきた俺と同じレベルの棋士が数十名もいると思うと、心苦しいところではあるが、これはある意味、今まで実践でこなしてきた実力を発揮するチャンスでもある。リーグ戦で優勝できれば、そこからは正式なプロ棋士。そしたら今までの辛かったアマチュア人生はおしまいだ。
何とかリーグ戦に勝つために、俺はCPUと将棋を指していた。これは、実際に俺が作った将棋ソフトで、なんと奨励会五段まで設定することが出来る(思考時間は、かなり長いけど)。今の俺には、もってこいってことだ。
ふむふむ……引き角かあ……。
引き角、それは俺にとって苦手な手。今まで、向かい飛車や銀を上げて対処してきたものの、結局は居飛車との連携によって形成を崩されてしまう。俺にとって、それだけは何とか避けたい手だ。
ここは、あえて……こうか……そういえば、渡辺、あのこと気にしてるかなあ……。
渡辺の事を考えていると、まったく筋が見えずに悪手を指してしまった。
馬鹿っ! これじゃ相手に攻められてしまうじゃないか! なんて悪手を指してしまったんだ、俺は!
渡辺の件は後でいいだろうが! 今はリーグ戦で優勝することが目標なのに!
CPUは予想通り、飛車前の歩を突いてきた。本当は、ここで銀を上げておけば相手から攻められることはなかった。それなのに……。
ここは、先手同歩、後手同角、先手同角、後手同飛車、先手2七歩、後手2四飛といったところか?
いや、しかし、その角交換は8手先で痛々しいことになる……。
うーむ……。
初めて俺は長考をする。初めに設定していた20分の投了時間は刻一刻と過ぎていく。
ここは基本手? それとも以外な手?
これだから引き角と居飛車の兼ね合わせは困る。
ん? 待てよ、ここって、こうすれば…………。
俺が、どんな手を指したのか、それは次回!