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作者: まつか

女の恋は上書き保存な話

「ごめん、君の事は幼馴染以上には見れないや。」


そう、いつも彼は私に言う。




彼と私は下級貴族の子で、領地が隣同士でタウンハウスもお隣の幼馴染。

親達も仲が良く、学生時代からの親友らしい。

生まれてすぐから家族ぐるみの付き合いで一緒に育ったけれど、私は彼の事が異性として大好きだった。

彼は次男でお兄さんが家を継ぐから、私の婿に彼がなってくれたら嬉しいと両親もそう言ってくれた。


「好き、幼馴染としてじゃなく、男性として。」

そう初めて告げた日、彼にあの言葉を言われた。

それからの私は、彼に女の子として見てもらいたくて今まで以上にお洒落を頑張った。

会話で彼を楽しませられるように、もちろん勉強も。


でも駄目だった。

数年に一度、やはり彼を諦められず告白する度に、私はあの言葉を言われるのだ。


それでも私は折れなかった、もはや意地になっていたのかもしれない。

彼が恋人や婚約者を作らなかったのも、理由だったように思う。



そんなある日、通っていた貴族向けのスクールももうすぐ卒業と言う頃、クラスメイトのいつも親切にしてくれる男の子から告白された。

「君が、ずっと別のクラスの男子を慕っているのは知っている。でも、初めて見た時から君の穏やかな笑顔がずっと好きだった。この学園生活で君の優しさや頑張り屋なところを知って、益々好きになった。直ぐにとは言わない、でも、僕との将来も考えてもらえないだろうか。」

人気のない学園の中庭で、目の前に片膝をつきそう乞われた。

初めて言われる側になった、愛の告白。


たったそれだけ、それだけで、私の幼馴染への恋心はポッキリと折れてしまった。


だって、この人の目はちゃんと私を映してくれているから。

あの人は、こんなに真っ直ぐ私を見てくれた事があっただろうか?

最初はそれなりに見てくれていたような気がする。

でも、段々と「ハイハイ、またか。」というようにおざなりになる対応。

諦めない私に対する、呆れた顔、蔑むような目。

それでもやっぱり諦めきれない私。

そんな恋に盲目になっていた愚かな私を、見てくれている人がいた。

それが、こんなに嬉しいなんて。


「私、まだ彼の事が好きなの。」

「はい。」

「でも、私の事を見てくれている人がいたって知って、凄く嬉しい。」

「よかった、嫌がられなくて。」

「これからもっと、貴方の事を教えて下さいますか?」

「もちろん、喜んで。」

そうして、彼は私の手を取ると指先に優しくキスをした。



それからしばらくしてスクールを卒業すると、その一年後に私はあの時告白してくれた男の子と結婚した。

両親は、報われない私の恋をずっと心配してくれていたらしく、卒業の際に告白してくれた彼と婚約したいと二人で相談の場を設けたら泣いて喜んでくれた。

相手が親友の子とは言えど、娘が蔑ろにされて心配じゃないわけがないと私も反省する。

彼は格上の爵位の家の子で、次男だから親から複数ある爵位の一つを貰う予定だったけれど、それは弟に譲って婿入りしてくれる事になった。

これから一緒に親孝行しよう、と言ってくれて私も泣いた。


婚約期間中、お茶会やデートを通じて彼が本当に思いやりがあり、他者を真っ直ぐに見ている素敵な人だと言う事がよく分かった。

偉ぶる事なく常に誰にでも親切にし、何かあれば真っ先に行動する、こんなに素晴らしい心の持ち主が私を見つけてくれた奇跡に感謝する。

その喜びが恋心に変わるまで、そう時間はかからなかった。

彼のご両親も私をとても可愛がってくださって、我が家との共同事業を大した利益もないのに息子と新しく出来た娘の為にも是非、と言ってくださった。

結婚式はこちらの家格に合わせて慎ましくするつもりだったのだけれど、彼のご両親に面子があるからと理由を付けてほとんど全面的に協力していただいて想定より立派な式となった。

家族も友人も、みんな笑顔でとても素晴らしい式だった。



結婚からしばらくして、どうしても出席しないといけないパーティーがあった為、珍しく少しケバいくらいの化粧をして夫と参加した。

夫は「いつも可愛いけど、今日は凄く綺麗だ。」と褒めてくれたので、たまにはこういうのもいいかもしれない。


そのパーティーで幼馴染の彼と再会した。

彼は、私の結婚式の際に自分も出たいと何度も打診してきていた。

親同士が仲が良くても、私と彼はスクールに入ってからは私から声をかける時以外大した接点もなく卒業後は当時まだ婚約者だった夫と領地に帰っていたので全く会っていなかった。

式は、身内とお互いの友人だけでやる予定だったので幼馴染とは言え没交流の彼の参加はもちろん断ったのだが。


「お久しぶり、綺麗になったな。」

「……ありがとうございます。」

「何故、俺に黙って結婚してしまったんだ。」

この人は何を言っているんだろうと、首を傾げる。

「何故…?貴方には関係無い事でしょう?」

「っ!幼馴染だろ!?そ、それに君は俺の事が好きなハズだ。」

この人は、まだ私が初恋を引き摺っていると思っているのか……。


私は、彼の顔を真っ直ぐ見つめて告げる。

「好きでした。どれだけ冷たくされても、どうしても諦めきれないくらいには。」

「な、なら!」

「でも、それはもう過去の事です。私は、夫のおかげで一方的な恋ではなく、互いに支え合う愛を教えていただきました。」

「もう、俺に気持ちは無いと…?」

その言葉に、私は胸を張って答えた。

「はい。今は、私に愛以外にも色んな事を教えてくれて、共に支え合ってくれる夫が私の最愛です。」

それに対して、彼は尚も続ける。

「……これからは、女性としてちゃんと君を見る。家の事も、共に支えていくから……。」

「いいえ、無理です。」

「無理じゃない!俺が、お前を愛してやると言ってるんだ!」

「無理ですよ、婿入り先の領地経営の勉強がしたくないなんて理由で、私も、他の令嬢も蔑ろにしていた貴方には。」

夫との結婚式の日取りが決まった頃、幼馴染のご両親から教えられて本当に呆れた。

彼は、ただ勉強したくないと言う貴族にあるまじき理由で、私からの告白だけでなく他家からの婿入りの打診も全て断っていたのだという。

スクールを卒業する頃には、もう彼を婿に迎えようと言う下級貴族はいなくなっていた。

困り果てた彼のご両親が我が家に婚約を打診してきたそうだが、その時には私も夫との結婚が決まって領地で両親から学ぶ為にと同棲していたので、私の両親が親友の子でも流石に……と素気無く断った事を後から教えられた。

好きとか好きじゃないとか、そんな事ではなかったと知った時のあの脱力感と、私の努力は最初から無駄だったのだと言う事への僅かな怒り。

もう、私が彼に心を揺さぶられる事はないでしょう。


「だって、君は、」

まだ続けようとする彼と私の間に、それまでずっと一歩下がって見守ってくれていた夫が躍り出た。

「それくらいにしてくれないか?妻がちゃんと気持ちにケリを付けられればと思い見守っていたが、貴方の発言は理解し難い。これで失礼するよ。」

そう伝えると、夫は私の手を取り直ぐにこの場から立ち去ろうとした。

私は、夫を暫し引き留めて幼馴染ともう一度向き合う。


私の行動に動揺する幼馴染に、どうしても言ってやりたかった。

「私、貴方にいつまで経っても妹としてしか見てもらえなくて辛かった。」

「それは……。」

「でも、それは私に魅力が無いせいだと思ってた。それが違ったと知った時の、私の気持ちが分かる?」

「す、すまなかった……。」

気不味そうに目を逸らす幼馴染。

きっと、この人のこの嫌な事から目を反らす性格は生涯治らないだろう。

「でも、もういいの。もう、貴方に女として見てほしかった私はいないから。むしろ……。」

私は、また彼を真っ直ぐ見つめた。


「もう、私の事は見ないでください。」




「ふふ、頑張ったね。」

帰りの馬車で、夫の肩にそっと寄り添うと優しく頭を撫でられた。

もう乱れても構わないので、その手に自分の手を添えて強く引き寄せた。

「実家を継ぐなら、お嬢様気分じゃ駄目だって思ったの。このまま幼馴染に都合の良い相手だと思われたままじゃ、この先もきっと絡んでくるわ。」

夫の手の温度にホッとする。

「もう絶対に、あなた以外なんて考えられないもの……あんな挑発するような事をして、幻滅した?」

そう恐る恐る尋ねる。

「まさか!むしろ強くなった君を見て、惚れ直したよ。それに、あの僕への熱い愛の告白も嬉しかった。」

私の頭に、軽くキスを落としながら夫はそう言った。

それに私は安堵する。

「よかった……この子の為にも、家の為にも、私もっと強くならなきゃね。」

そうしてお腹を擦ると、彼は目を見開いた。

「ちょっ、ちょっと待って!聞いてないよ!?」

「もう少し、安定してからと思っていたの……ごめんなさい。」

「酷いじゃないか!僕にも父親としての務めを果たさせてくれよ!寒くないかい?僕の上着を……下のクッションも増やした方が……。」

そう言って馬車の中なのにワタワタとする夫の姿に、私は幸せだなぁ。と微笑むのだった。

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