第76話 一時の日常
「おい、セリアを返せ」
「は、はい……」
「後、そのパソコン貰うぞ」
「えぇ!? そ、それは機密情報が沢山入っていて……」
「なんか文句あるか?」
「……ありません」
完全に萎縮してしまった研究員達を後に、俺はセリカと気絶した兄貴を連れて施設を後にした。
写真はだいたい取れた。
兄貴とのやり取りも全て録画済。
仮にこのデバイスを奪われてもクラウドにバックアップは取ってある。
ただ、一つ気になっているのは。
(なんでレギオンが一体もいないんだ)
先程まで格納庫にしまわれていたレギオン達。
それが一体も見当たらない。
ついでに捕まっていた人達や死体も。
考えられるのはバトラーの潜在スキル。
せめて重要な物だけは、と自分含めて移動させたのだろう。
兄貴を助けなかったのは、多分見捨てられたからか。
「にぃに?」
「ん、起きたか」
と、背負っているセリアが目を覚ました。
「大丈夫か?」
「少し身体がだるいけど……もう大丈夫よ」
ポンポンも背中を叩かれたのでゆっくり下ろす。
足の腫れもないし体温も安定している。
とりあえずは一安心か。
「で、この酷い怪我した男は?」
「クソ兄貴だ。死にはせんが、しばらく起きないと思う」
ズルズルと引きずられて運ばれる兄貴を引きつった笑みで見つめるセリア。
両腕は切断、顔はボコボコで原型を留めておらず、一応イケメンだった兄の面影はどこにも無い。
「帰ったらみんなと話し合おう。こいつもあるし」
「それって……」
「研究員が持ってたパソコン」
「はぁ、もうやりたい放題ね」
無茶苦茶をやらかした事は認めるけどね。
一人で施設に潜り込んで、エリートをボコボコにしたあげく、機密情報を持ち帰る。
これが数時間の間に終わったのだから恐ろしい。
「けど、ありがとう」
「どうしたしまして」
何にせよ、俺達の日常は取り戻せたんじゃないか?
……ブォン
「レギオンと死体の後始末をしていたらここまでかかってしまいましたよ」
「っ!!」
突如、背後から現れたスーツの男。
俺はすかさず背後に下がったのだが、手元がやけに軽い。
「にぃに!! 音梨優馬が!!」
「はっ!? クソ兄貴が狙いか!!」
「流石に真っ向勝負では勝てませんしね。レギオンや燃料の移動に専念して無名さんは優馬様に任せていましたが……これは想定外です」
背後を取られた僅かな間に、バトラーの潜在スキルでどこかに飛ばされたらしい。
完全に油断してたよ、ちくしょう!!
「では、これにて失礼」
「待て!!」
すかさず無属性魔法を放つが、そこに姿はない。
逃げられたか……
「悪い、クソ兄貴を逃がした」
「ううん、大丈夫。家族みんな無事だから」
「……ありがとう」
確かに一番大事なセリアの奪還は達成できた。
今は家族全員が無事な事を喜ぼう。
平穏を取り戻せた事に少しだけホッとした。
―――――――
「セリちゃん!!」
「わっ……朝日」
地上に出た瞬間、俺達の姿を見た朝日が真っ先に飛び込んできた。
朝日は泣きながらセリアの事を抱きしめており、セリアは「心配しすぎだって」と言いつつ目元に涙を溜めている。
「取りあえず証拠は手に入れたし次は……」
「こら、ダーリン」
「んむっ」
今後についてどうしようか、と手が空いている二人に相談しようとすると、れなが俺の口を塞いだ。
「今日はみんな疲れてるし、明日にしない?」
「ん、真白も賛成。セリアも朝日も休ませたい」
「……そうだな」
重い話はここで切り上げるか。
何も一晩で全ての計画が実行されるわけじゃないし、ちゃんと休んでから話した方が頭にも入りやすい。
残された時間は五人でゆっくり過ごそう。
三人でこっそり話し合った後、再会を喜ぶ二人を呼んで家に帰るのだった。
――――――――
「ふわぁ……」
晩ご飯の後、疲れた身体を解放するようにソファへ勢いよく腰掛けた。
本当に大変だった。
セリアはさらわれるし、朝日は俺を殺そうとするし、その原因を生み出したクソ兄貴はとんでもない陰謀を語った後消えたし。
明日には色々整理できるといいな。
(けど、音梨家の罪は重いよな……)
ダンジョンブレイクの人為的な起動。
多くの命を犠牲に生み出した魔力電池。
そしてダンジョンブレイクを利用した規制緩和。
命を奪い続ける全ての行為を世間は絶対に許さない。
その矛先は当然俺にも向けられる。
縁を切ったとはいえ、音梨という家から産まれてしまったのだから。
「にぃに」
「パイセン」
「ん? 二人ともお疲れ様」
家族が犯した罪に頭を悩ましていると、今回被害にあった二人がお風呂から上がってきた。
あんな事があったからか、表情がやや暗いように思える。
「おいで」
手招きすると二人は素直に俺の隣に座る。
そして自らの身体が密着するよう腕を絡ませてきた。
「本当にありがとうっす……パイセンがいなかったらあーしは……」
「いいんだよ。クソ兄貴が悪いんだし朝日は充分頑張った」
「にぃにが助けに来てくれた時、本当に嬉しかった。このまま実験道具にされて、一人寂しく死んじゃうんだって思ってたから」
「仮に離れ離れになっても、また俺が連れ戻すから安心してくれ」
「「……」」
少し調子に乗りすぎた発言かもな。
ただ、不安でいっぱいの二人には少し盛るくらいがちょうどいいと思うんだ。
「本当に罪深いわね……」
「ますます好きになるっすよ……」
更に二人が密着し、とろんとした顔で俺を見つめる。
「「んっ……」」
そして本能に任せるまま、俺の両頬にキスをした。
「ダメっす……これだけじゃ、あーしの好きが抑えられない……」
「にぃにが好き、大好き……もうそれ以外考えられない……」
熱のこもった視線と行動に俺まで心臓の鼓動が早くなる。
れな達で慣れたとはいえ、やはり可愛い子に迫られるというのはかなり緊張する。
だけど緊張と同じくらい幸せだ。
ここまで愛されて、ここまで俺を頼りにしてくれて。
「俺も大好きだ」
俺も二人に対して好きが溢れていき、より深く密着しようと腕で二人の体を寄せる。
二人の温もりを噛み締め、ここから更に愛を深めようとした時だった。
ゴリッ
「ん?」
今、膝の位置に何か固い感触が……
と、思った瞬間、朝日が俺から距離をとった。
「さ、最悪っす……こんな時に反応するなんて」
こんな時に反応?
朝日を見ると身体を揺らしながら、何故か股間の位置を手で抑えていて、
……あ
「そういう事か」
「っ……不快にさせてすみません」
「いいんだよ、生理現象なんだから」
大きくなった、という事ね。
罪悪感でいっぱいの朝日を無理やり引き寄せ、全身で優しく抱きしめる……例の固い感触と共に。
変な時に反応しちゃうよな、分かる分かる。
ただ、朝日は好きな人だし不快な気持ちは一切抱いていない。
むしろ俺に興奮してくれて嬉しいくらいだ。
「あ、朝日ってば何考えてるのかしら……」
「そういうセリアのしっぽはどうなんだ?」
「っ!? こ、こここここれはその!!」
対するセリアはピーンとしっぽをまっすぐたてていた。
そういえば、れなも興奮すると似たような現象を起こしていたな。
亜人共通の生理現象なんだろうか。
「ウ、ウチだって……」
「?」
と、セリアが顔を真っ赤にさせながら身体を震わせ
「ウチだって!! にぃにとエッチな事したいもん!!」
「っ!?」
ヤケ気味にとんでもない発言をかました。
「……あ、あーしも」
「!? お、おぉ……」
「あーしも、全て受け入れてほしいです……」
セリアに当てられて朝日まで。
気持ちは嬉しいし俺も二人の発言を聞いて完全にそっちに傾いてしまった。
しかし、別の部屋ではまだれなと真白が起きている。
朝日の能力で音は消せても、何かの拍子にこっちへ来たりしたら……
ピロリン♪
ん? 何かメッセージ来た?
『くふふ、ゆっくりお楽しみくださいな♡』
……今度、甘い物でも奢らせていただきます。
気を使ってくれた二人に感謝しつつ、俺は残り少ない夜を激しく過ごした。




