第71話 朝日視点・無名を殺せ
「水嶋セリア、君には魔力電池の研究材料になってもらう」
「い……や……」
「生意気だねぇ……ふんっ!!」
「あぁっ!!」
再びテラーが発動され、心の中が恐怖で埋めつくされる。
一方的に痛めつけられるセリちゃんを助けたいのに、身体が動いてくれない。
「そして夕暮朝日……君にはもっと大事な任務がある」
「大事な任務?」
何を言われるんだろう……
物凄く嫌な予感がする。
怯えるあーしの元に音梨優馬が近づき、懐から何かを取り出した。
「殺すのさ、無名を」
「っ!!」
あーしの元に一丁の銃が手渡される。
「そ、そんなの……嫌に決まってるじゃないっすか」
この銃でパイセンを……?
恐ろしい計画に、思わず身震いしてしまう。
「へぇ……」
ニコニコと不敵な笑みを浮かべ、セリちゃんを離すと懐からリボルバー型の魔銃を取り出す。
ホルダーを確認し、カチャリとセットした後……
「そんな事、言っていいのかな?」
銃口がセリちゃんに向けられた。
バァン!!
「あああああああああっ!!」
「っ!?」
銃弾がセリちゃんのふくらはぎに命中し、痛々しい弾痕が植え付けられる。
「僕の仕事は亜人の素体確保と無名を抑える事。その為にはどうしても君の力が必要なんだ」
「だからって、セリちゃんが撃たれる理由がわからないっすよ!?」
「確か無名の周りには二人も亜人がいたっけ……だったら水嶋セリアは殺しちゃっても構わないかぁ」
「は……?」
セリちゃんを……殺す?
「君が協力してくれたら彼女を優しく扱うつもりだったよ? だけど、嫌だって言われたらしょうがないじゃないか」
「だから殺すと……」
「その通り。どうする? まだまだ遊べそうだし、ゆっくり考えてもいいよ」
ダァン!!
再び魔銃のトリガーが引かれる。
「あああああああああっ!!」
もう片方のふくらはぎに銃弾が命中し、赤い血をドクドクと流す。
絶え間なく続く激痛にセリちゃんは悲痛な表情を浮かべ、荒い呼吸を小刻みに繰り返している。
「次は……腕でもいこうかな」
セリちゃんが殺される。
仮にセリちゃんを犠牲にしてパイセンを守ったとしてもだ。
次はれなちが狙われ、その次はまっしーが狙われ、
犠牲のループから抜け出す事は出来ない。
「……分かったっす」
「ほぉ?」
この男に狙われた時点で、あーしに選択肢なんてなかった。
「あーしが、パイセンを殺します……」
やるしかない。
あーしがパイセンをこの銃で。
ガタガタと震えた手で魔銃を握ると、音梨優馬は嬉しそうに笑った。
まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように。
無邪気で、邪悪で、吐き気がする。
そんな男にあーしらは恐怖で一歩も動けず、服従するしかなかった。
「ちゃんと殺すんだよ? バトラー、この子を送ってあげて」
「かしこまりました」
パチンと指を鳴らすと、昨日家に来たスーツの男が影から現れた。
スーツの男はあーしに近づき肩に手をぽんと置くと。
「では、いってらっしゃいませ」
視界が揺れ、異次元のような場所に飛ばされた。
ーーーーーーーー
「え?」
気が付けば、そこはパイセン達の家の前だった。
さっきまで実験部隊の施設にいたハズなのに。
ただの悪夢だったのだろうか?
「違う……」
右手にしっかり握られていたリボルバー式の魔銃が、あの悪夢は現実である事を証明していた。
恐らくスーツの男によってここに転送されたのだろう。
潜在スキルだと思うが、ケイゼルの集会場からいきなり知らない場所に移動されていたのもそれか。
(なんかいるっすね)
具体的な場所は分からない。
だけど、近くにあーしを見ている人がいるのは確か。
実験部隊の監視だろう。
あーしが逃げたり裏切ったりしないように。
「どこまでも用意周到っすね……」
懐に魔銃をしまい、ふらつく足で玄関まで向かう。
『これ、よかったら二人にあげるよ』
『え?』
来るとき面倒だろ? とパイセンから貰ったスペアの合鍵でマンションのオートロックを開ける。
こんな事で悪用したくなかったのに。
歩く度に後悔の念が押し寄せてくる。
それはエレベータに乗っても、降りて部屋に向かう時も薄れない。
不安と迷いの中、あーしはパイセン達がいる部屋の鍵を開け、ゆっくりと中へ入る。
「あれ、随分と早かったな? おかえり」
「っ……た、ただいまっす……」
そんな複雑な思いを知らずに、パイセンは出迎えてくれた。
一番大好きで頼りにしている人の顔を見て、あーしは少しだけ安心した。
「どうした、顔色悪いぞ?」
「し、集会で疲れたからじゃないっすかね」
「あー、お堅い話が多そうだもんな。お疲れ様」
ぽんぽんと頭を軽く撫でられる。
近づかれた時、懐にある魔銃が見つからなくてよかった。
それにしても……この家は安心する。
「セリアはどうしたんだ?」
「セリちゃんは買い物してから帰るらしいっす」
「ダンジョンブレイクでいっぱいアイテムを消費したからなぁ。いくらかかったんだろ」
「毎回仕入れる時は万超えが当たり前らしいっすからねー」
「まじ? それだと給料の半分以上はアイテムに持っていかれないか?」
「かもしれないっすね……ふふっ」
リビングまで歩いていき、ソファに腰を掛ける。
先程までの恐怖と絶望が和らいでいく。
このままずっとパイセンと平和な時間が過ごせたら
あの悪夢が現実じゃなかったら……
『ちゃんと殺すんだよ?』
「っ!?」
唐突に音無優馬の声がフラッシュバックし、再び心の中を恐怖と絶望で埋め尽くされる。
「大丈夫か?」
「大丈夫……大丈夫っすから……」
パイセンに悟られないよう、慌ててごまかす。
そうだ、あーしはやらないといけないんだ。
パイセンをこの手で殺す。
じゃないと、セリちゃんが……
(パイセンは今、後ろを向いてるっすね)
何故かれなちもまっしーも家にいない。
やるなら今だ。
”遮音”で自身の物音を消し、懐から魔銃を取り出す。
「はぁ……はぁ……」
呼吸を早めながらも、パイセンに勘づかれないようゆっくり近づく。
銃口の先には勿論パイセン。
当たれば多分、致命傷にはなるだろう。
まずはあーしの闇系魔法で視界を奪って、パイセンの動きを封じてから……
(こんなに大好きな人を、あーしは殺さないといけないんすね)
あーしという存在を受け入れてくれた。
女の子じゃなくても恋人になってくれた。
パイセンの事が大好きなみんなと仲良くなれて、楽しい話や面白い出来事にも出会えて。
生きてて一番楽しかった。
この空間が、家族が、
あーしにとって大切な”居場所”だった。
「パイセン」
「ん?」
その思い出が、銃口を向けるあーしの決意を揺らがせた。
「ごめんなさい……」
あぁ、なんでこんな時にあーしは謝っちゃうんだろう。




