第59話 宣伝部の戦い方
「コォオオオオオオオオオオオ!!」
「ちぃ!! うるさすぎだろ!!」
ゾンビナイトの叫び声がダンジョン中に響き渡る。
甲高い上にボリュームが大きく、耳の中がズキズキして割れそうだ。
ゾンビナイトは叫び声自体に魔力を付与しており、探索者の鼓膜を破壊する事で自身を有利な状況に持っていこうとする。
いつもなら無理やり攻撃を通して叫び声を止めるのだが、今は魔法を使うことが出来ない。
魔法無しでどう対処しようか。
耳を両手で抑えながら、叫び声をひたすら耐え続けながら考える。
「――!! ――!?」
突然ゾンビナイトの声が聞こえなくなった。
それだけじゃない。鎧の動きや足音などゾンビナイトの発する物音全てが消え去った。
確かこの能力は……
「あーしの潜在スキルも、こーいう時に役立つんすよねぇ」
「やっぱり朝日だったか」
朝日の潜在スキル【遮音】
それは朝日が洗濯した物や周囲の音を消し去る能力だ。
気配を消したり相手を混乱させるのが主な使い方だと思っていたけど、こういう使い方もあるのか。
「効果は三~四十秒っす。対処はお早めに」
ゆっくりしてられないな。
朝日が与えてくれた時間を有効活用し、せめて鎧だけでも対処したい。
と、俺が前へ踏み出すより先に、セリアが先頭に立った。
「朝日も頑張ってんだから、ウチもやってやるわよっ!!」
大荷物を抱えながら、セリアが自らに加速魔法をかける。
凄まじい風圧と砂埃をまわせながら、ゾンビナイトへとダッシュで急接近。
かなり速いが”神速”よりは劣るな。”超加速”か?
ゾンビナイトは音が消えたことに未だ混乱しており、高速で迫るセリアの存在を許してしまう。
隙は十分ある。
ここからセリアはどう仕掛けるのか。
「喰らいなさい!!」
と、セリアは【荷物整理】で緑色の液体が入った瓶をいくつも取り出し、それら全てをゾンビナイトへ放り投げた。
瓶がゾンビナイトの身体に当たって砕け、液体が全身にまんべんなくかかっていく。
特殊効果でもあるのか?
「お」
と、ゾンビナイトの鎧が突然煙を吹き出し、金属の表面が溶け始めた。
「スライム系モンスターの素材を合成して作った酸性の特性液よ。Aランクにも効いてよかったわ」
「もしかして似たような物がカバンに?」
コクッと頷く。
セリアの戦い方も見えてきた。
”超加速”で敵を翻弄しながら、状況に応じて多種多様なアイテムをカバンから取り出して使用する。
ポーターでありながら戦闘もこなせるとは、中々器用な事も出来るんだな。
「あれ?」
効果抜群、かと思いきや。
酸はゾンビナイトの鎧を完全に溶かすには至らず、表面をドロドロに溶かす程度に止まった。
ゾンビナイトはセリアを捕捉すると、右手に持つ剣を大きく振りかぶった。
「やば!! ”超加速”!!」
加速魔法を再び発動し、その場から離れようとしたのだが……ゾンビナイトはセリアと同等のスピードで迫ってくる。
「な、なんで追いつかれるのよ!?」
「セリア!!」
俺はセリアが逃げる方向とは逆に踏み出し、ゾンビナイトとセリアの間に立つよう移動した。
割り込んできた俺に対しゾンビナイトは一瞬だけ動きを止めるが、すぐさまターゲットを切り替え俺に向かって高速で剣を振り下ろす。
「はぁっ!!」
攻撃方向は読めている。
答え合わせをするように短剣を頭上で構えると、ゾンビナイトの剣が俺の短剣と重なり、ガキィン!! と重い金属音を響かせた。
「大丈夫か!?」
「ありがとうにぃに……少し油断してたわ」
ゾンビナイトを蹴りで引き剥がした後、素早くセリアの方へ駆け寄る。
見た目とは対象的にゾンビナイトのスピードはかなり高い。
重量級の敵だと思って構えていたら急接近されて奇襲を……なんて被害は少なくない。
セリアもヤツのスピードを前に気合を入れ直し、再度ダッシュの準備を取る。
と、ここで完全に狙いから外れていたであろう朝日の手元が黒い影に包まれる。
「”ダークアウト”」
「ッ!?」
「今度は視界も奪ったっすよ~ま、三秒だけっすけどね」
闇の煙幕がゾンビナイトの目元を覆い、目の情報を完全にシャットアウトする。
ゾンビナイトは視力と音を奪われ更に混乱しており、周囲をふらふらと動き回っていた。
まるでゾンビみたいだ。
ゾンビだけど。
「セリア!! 俺に合わせられるか!?」
「勿論よっ!!」
目と構えで合図を送り、ゾンビナイトの元へと急接近する。
セリアも俺がやろうとした事を理解し、俺の動きに合わせるようにヤツの元へと近づいた。
互いの拳にグググッと力を入れ、身体をひねりながら後ろへ振りかぶる。
「「はああああああああああっ!!」」
そして掛け声と同時に拳を上空へ突き上げると、ゾンビナイトの鎧に見事クリーンヒット。
衝撃で身体が打ち上げられたと同時に、溶けかけていたヤツの鎧にヒビが入った。
ピキキ……パキン!!
「よし!!」
ゾンビナイトの鎧が完全に砕け散った。
ゾンビ特有の腐った身体をむき出しにし、そのまま落ちてくる。
が、ゾンビナイトは視界を取り戻したと同時に、最後の悪あがきと言わんばかりに口から紫色の霧を吐き出した。
「パイセン!! セリちゃん!!」
恐らく毒性の霧だろう。
霧は俺達二人を包み込み、やがて視界すらも奪っていく。
数分もすれば、毒が全身に回り命に関わる重症を負ってしまう。
普通の探索者、というか俺でもアウトだ。
だが俺は信じていた。
セリアという多種多様な戦術が取れるポーターの力を。
「ざーんねん♪ 毒霧は青色のスプラッシュポーションで中和出来るのよ」
「ッ!?」
紫の霧が徐々に白く変化していき、やがて透明になる。
俺達二人は無傷。
霧を吐かれた瞬間、セリアがカバンから中和できるスプラッシュポーションを取りだし、地面に叩きつけたのだ。
地面にぶちまける事で効果を発揮するスプラッシュポーションはこういった急な事態にも対処しやすい。
瞬時に的確な判断を下したセリア。
流石だ、もう何も心配はない。
「大人しくしてろっ!!」
落ちてくるゾンビナイトをガシッと捕まえ、地面に叩きつける。
そのまま腕や足を全力で拘束すると、ゾンビナイトは身動きの一つも取れなくなった。
モンスターといっても人型だからな。
人体を動かせなくする弱点は共通している。
「じゃ、とどめといこうかしら」
今度は緑色のスプラッシュポーションを取り出すと、それら全てをゾンビナイトに向かって投げつけた。
ゾンビナイトはスプラッシュポーションによって身体が浄化され、やがて跡形もなく消滅してしまった。
まだ朝日の【遮音】の効果が残っていたせいか、死ぬ間際まで無言で散っていく姿は若干シュールだったが。
「やっぱり大丈夫だった、ぶい」
「危なかったわよ!! まぁ、ウチが油断したのが悪いけど」
「結構ヒヤヒヤしたっすねぇ」
二人とも地面にパタリと座り込んで休む。
朝日の行動制限とセリアのアイテム回し。
双方の使い方が非常に上手く、俺も戦いやすかった。
「どうやって倒すのよーって嘆いていた割には倒せたじゃん♪」
「スプラッシュポーションは高いし、ゾンビ一体に使うのはコスパが悪すぎるのよ……はぁ、五個も使っちゃった」
どれくらい残ってたかしら、と手元に残りのスプラッシュポーションを出して数を数える。
いや、結構出したな?
地面がポーションで埋め尽くされてるぞ。
コツコツ積み上げながら買い続けたのだろう。
スプラッシュポーションって確か安くても二~三千円くらいするしな。
セリアの懐事情を心配しつつ、俺はゾンビナイトの魔石と素材を回収するのだった。
「ん?」
今、なにか物音が……
気のせいか?




